91 / 530
第6章 侵入者か難民か
90.世界樹、炎上?
しおりを挟む
「世界樹が燃えています!」
思わぬ報告に飛び起きたルシファーは、まだ目を擦っているリリスの頭を撫でた。イヴは数十分前に授乳したばかりで、起きる気配はない。
「リリスは残ってくれ。ちょっと行って来る」
「気を付けてね」
イヴと残ることに決めたリリスの黒髪を撫で、額にキスをしてから部屋を出る。廊下と階段を移動する時間が惜しくて、中庭に飛んだ。すでにルキフェルが消火に向かったと聞いて胸を撫でおろす。最悪の事態は免れるだろう。
「ピヨは連れ帰ったのに、どうして燃えたんだ」
「犯人はアラエルです」
ベールが淡々と名指ししたのは、ピヨの番だ。成人した鳳凰なのだが、また何か勘違いをしたのか? ヤンに番が襲われたと勘違いし、魔王城の城門を攻撃した前科がある。溜め息をついて指を鳴らし、転移した。慌てて飛び出したベルゼビュートが魔法陣に飛び込む。
「ちょっ! こら」
騒ぐルシファーの声は尻切れとなり、転移されていった。一礼して見送ったベールが額を押さえる。どうしてこの魔王は、こう締まらないのか。実力も外見も申し分ない。統治者として必要とされる公平さや鷹揚さも持ち合わせている。いつも間抜けな結果に終わるのは、あの愛すべき性格が原因だった。
分かっていても溜め息が零れる。まあベルゼビュートは世界樹に近い存在なので、トラブルも解決できるでしょう。留守番役を引き受けたベールは、ざわつくエルフなどに宣言した。
「陛下が向かわれたので問題ありません。勝手に追いかければ罰則を科します」
邪魔になりますから。そんな本音を滲ませて、牽制しておく。エルフは精霊に近しい存在であるため、世界樹に関する問題ではどうしても騒ぎが大きくなりがちだ。多くの妖精族が駆け付けたところで、ルシファーの邪魔だろう。
心配ではあるが、魔王が向かったのなら……そんな呟きがあちこちで聞かれた。納得した彼らをおいて、ベールは魔王軍の一部に応援を要請した。水魔法の扱いに長けたドラゴン種が数匹飛び立っていく。
「ベールって、損な役割が多いわよね」
「これが役割ですので」
アスタロト同様、憎まれ役は必要だ。彼が眠っている期間は当然引き受けるべきです。そう言い切ったベールに、リリスはふふっと笑う。腕の中に赤子を抱いた彼女は、ベール達の感覚ではつい先日まで赤子だった。
寝間着に上着を羽織り、おくるみに包まれた魔王の娘を抱いて。その表情は慈愛の色を浮かべていた。腕の中のイヴは起きる気配がない。この豪胆さはルシファーよりリリスに似ていた。
成長が早いのは人族や魔獣に似ているが、すべてを見透かしたような微笑みは長寿種族特有の雰囲気を宿している。不思議な調和を見せる魔王妃へ、大公は優雅に一礼した。
「ところで、ピヨはどうしたの?」
「ヤンと眠っているのでは?」
「それならいいんだけど」
なんとも不安を煽るリリスの指摘に、まさかと城門を振り返る。巨大狼が全力疾走でこちらに向かって来るのを確認し、ベールは顔を手で押さえた。厄介ごとの予感しかない。
「大変ですぞ!!」
それは見ればわかります。そう言いたいのをぐっと堪え、ベールはヤンの到着を待った。大変だと叫ぶ余裕があるなら、何が大変なのかを伝えなさいと言いかけて飲み込んだ。話が横道に逸れれば、さらに状況把握が遅くなる。
「ピヨがアラエルに連れ去られました」
「つまりアラエルに逃げられたんですか」
ベールは魔王軍の不甲斐なさを嘆き、別の部分に引っ掛かったリリスが首を傾げる。
「どうせ火口に向かったんでしょう? すぐ捕まるのにね」
思わぬ報告に飛び起きたルシファーは、まだ目を擦っているリリスの頭を撫でた。イヴは数十分前に授乳したばかりで、起きる気配はない。
「リリスは残ってくれ。ちょっと行って来る」
「気を付けてね」
イヴと残ることに決めたリリスの黒髪を撫で、額にキスをしてから部屋を出る。廊下と階段を移動する時間が惜しくて、中庭に飛んだ。すでにルキフェルが消火に向かったと聞いて胸を撫でおろす。最悪の事態は免れるだろう。
「ピヨは連れ帰ったのに、どうして燃えたんだ」
「犯人はアラエルです」
ベールが淡々と名指ししたのは、ピヨの番だ。成人した鳳凰なのだが、また何か勘違いをしたのか? ヤンに番が襲われたと勘違いし、魔王城の城門を攻撃した前科がある。溜め息をついて指を鳴らし、転移した。慌てて飛び出したベルゼビュートが魔法陣に飛び込む。
「ちょっ! こら」
騒ぐルシファーの声は尻切れとなり、転移されていった。一礼して見送ったベールが額を押さえる。どうしてこの魔王は、こう締まらないのか。実力も外見も申し分ない。統治者として必要とされる公平さや鷹揚さも持ち合わせている。いつも間抜けな結果に終わるのは、あの愛すべき性格が原因だった。
分かっていても溜め息が零れる。まあベルゼビュートは世界樹に近い存在なので、トラブルも解決できるでしょう。留守番役を引き受けたベールは、ざわつくエルフなどに宣言した。
「陛下が向かわれたので問題ありません。勝手に追いかければ罰則を科します」
邪魔になりますから。そんな本音を滲ませて、牽制しておく。エルフは精霊に近しい存在であるため、世界樹に関する問題ではどうしても騒ぎが大きくなりがちだ。多くの妖精族が駆け付けたところで、ルシファーの邪魔だろう。
心配ではあるが、魔王が向かったのなら……そんな呟きがあちこちで聞かれた。納得した彼らをおいて、ベールは魔王軍の一部に応援を要請した。水魔法の扱いに長けたドラゴン種が数匹飛び立っていく。
「ベールって、損な役割が多いわよね」
「これが役割ですので」
アスタロト同様、憎まれ役は必要だ。彼が眠っている期間は当然引き受けるべきです。そう言い切ったベールに、リリスはふふっと笑う。腕の中に赤子を抱いた彼女は、ベール達の感覚ではつい先日まで赤子だった。
寝間着に上着を羽織り、おくるみに包まれた魔王の娘を抱いて。その表情は慈愛の色を浮かべていた。腕の中のイヴは起きる気配がない。この豪胆さはルシファーよりリリスに似ていた。
成長が早いのは人族や魔獣に似ているが、すべてを見透かしたような微笑みは長寿種族特有の雰囲気を宿している。不思議な調和を見せる魔王妃へ、大公は優雅に一礼した。
「ところで、ピヨはどうしたの?」
「ヤンと眠っているのでは?」
「それならいいんだけど」
なんとも不安を煽るリリスの指摘に、まさかと城門を振り返る。巨大狼が全力疾走でこちらに向かって来るのを確認し、ベールは顔を手で押さえた。厄介ごとの予感しかない。
「大変ですぞ!!」
それは見ればわかります。そう言いたいのをぐっと堪え、ベールはヤンの到着を待った。大変だと叫ぶ余裕があるなら、何が大変なのかを伝えなさいと言いかけて飲み込んだ。話が横道に逸れれば、さらに状況把握が遅くなる。
「ピヨがアラエルに連れ去られました」
「つまりアラエルに逃げられたんですか」
ベールは魔王軍の不甲斐なさを嘆き、別の部分に引っ掛かったリリスが首を傾げる。
「どうせ火口に向かったんでしょう? すぐ捕まるのにね」
20
お気に入りに追加
772
あなたにおすすめの小説
元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!
楠ノ木雫
恋愛
貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?
貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。
けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?
※他サイトにも投稿しています。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!
枢 呂紅
恋愛
「わたしにだって、限界があるんですよ……」
そんな風に泣きながら、べろべろに酔いつぶれて行き倒れていたイケメンを拾ってしまったフィアナ。そのまま道端に放っておくのも忍びなくて、仏心をみせて拾ってやったのがすべての間違いの始まりだった――。
「天使で、女神で、マイスウィートハニーなフィアナさん。どうか私の愛を受け入れてください!」
「気持ち悪いし重いんで絶対嫌です」
外見だけは最強だが中身は残念なイケメン宰相と、そんな宰相に好かれてしまった庶民ムスメの、温度差しかない身分差×年の差溺愛ストーリー、ここに開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
悪役令嬢に転生したら病気で寝たきりだった⁉︎完治したあとは、婚約者と一緒に村を復興します!
Y.Itoda
恋愛
目を覚ましたら、悪役令嬢だった。
転生前も寝たきりだったのに。
次から次へと聞かされる、かつての自分が犯した数々の悪事。受け止めきれなかった。
でも、そんなセリーナを見捨てなかった婚約者ライオネル。
何でも治癒できるという、魔法を探しに海底遺跡へと。
病気を克服した後は、二人で街の復興に尽力する。
過去を克服し、二人の行く末は?
ハッピーエンド、結婚へ!

私、平凡ですので……。~求婚してきた将軍さまは、バツ3のイケメンでした~
玉響なつめ
ファンタジー
転生したけど、平凡なセリナ。
平凡に生まれて平凡に生きて、このまま平凡にいくんだろうと思ったある日唐突に求婚された。
それが噂のバツ3将軍。
しかも前の奥さんたちは行方不明ときたもんだ。
求婚されたセリナの困惑とは裏腹に、トントン拍子に話は進む。
果たして彼女は幸せな結婚生活を送れるのか?
※小説家になろう。でも公開しています
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

神の子扱いされている優しい義兄に気を遣ってたら、なんか執着されていました
下菊みこと
恋愛
突然通り魔に殺されたと思ったら望んでもないのに記憶を持ったまま転生してしまう主人公。転生したは良いが見目が怪しいと実親に捨てられて、代わりにその怪しい見た目から宗教の教徒を名乗る人たちに拾ってもらう。
そこには自分と同い年で、神の子と崇められる兄がいた。
自分ははっきりと神の子なんかじゃないと拒否したので助かったが、兄は大人たちの期待に応えようと頑張っている。
そんな兄に気を遣っていたら、いつのまにやらかなり溺愛、執着されていたお話。
小説家になろう様でも投稿しています。
勝手ながら、タイトルとあらすじなんか違うなと思ってちょっと変えました。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる