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第4章 魔王なら出来て当たり前

55.追うよりも待つ方が辛い

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 母を迎えに来たアンナ嬢の双子、シトリーの年子の兄妹、ルーシアの長女、ルーサルカの次男……偶然居合わせた魔獣の子が2匹。合計で8人がリストに名を連ねていた。

 双子と一緒にいたイザヤは、茫然としている。唯一の現場目撃者だった。彼の叫び声を聞いて、侍従のコボルト達が駆けつけたが、すでに子ども達は手の先くらいしか確認できなかったという。

「イザヤ、しっかりしろ。誘拐か、事故か」

「……あ、穴が開いて」

 震えながら指さした場所は何もない地面だ。魔王城の敷地内だが、庭に分類される場所だった。そのため防御魔法陣の適用外である。ずるずると這って近づいたイザヤが、地面を叩いた。

「ここです! 歩いてる最中に吸い込まれて、俺だけ弾かれたんです! うちの子を助けてくださいっ」

 先ほどまでの姿が嘘のように、興奮して叫んだ。そんな彼の隣へ駆け寄ったのは、妻のアンナだった。夫が叩く地面を見つめた後、そっと彼の手を掴んで叩くのをやめさせる。

「落ち着いて、きっと魔王様が助けてくださるわ」

「そうよ! ねえ、お義父様は? 駆け付けたんでしょう?」

 アンナの声にルーサルカが被せた。魔王ルシファーより早く現場に着いた彼がいない。言われて、ルシファーは青ざめた。

「……これは、向こう側が血の惨劇だな」

 事件ならば仕方ないが、事故であった場合に相手が気の毒だ。追うために慌てて魔力を特定する。一番記憶に残っているのは、よく遊びに着ていたアンナの双子だった。

「魔力の終点を固定して飛ぶぞ。ベールは留守を、ルキフェルは分析を頼む! ヤン、ルーサルカ、シトリーは一緒に来い」

 もし向こうが戦闘状態の場合、子ども達を守れる者が必要だ。アスタロトが暴走したらルシファーしか止められないが、子どもを守りながら戦うのは危険だった。

 シトリーは転移魔法陣を作り出せる。緊急時の対応として、アスタロトを止めるストッパーのルーサルカを伴う決断をした。手の中で構成した魔法陣の終点を、アンナの双子の魔力に固定する。だがうまく固定できず、仕方なくルーサルカの次男へ合わせ直した。

 アスタロトは孫の魔力を追ったに違いない。パチンと指を鳴らして魔法陣を展開し、魔力を流した。消える直前、顔の見えたリリスへ「来ちゃダメだぞ」と声をかけた。さすがに我が子を連れて追いかける選択肢はないリリスが「気をつけて」と返す。直後に彼らの姿が消えた。

「アデーレ、客間を用意してくれる。広めの方がいいわ」

「かしこまりました」

 リリスの指示で用意されたのは、もっとも広い客間だった。寝室が二つ繋がったこの客間なら、我が子を心配する家族を収容できる。アンナに促されたイザヤも、後ろ髪を引かれながら移動した。消えた子ども達の家族にも連絡が飛び、まもなく集まってくるはずだ。

「魔王妃殿下、軽食とお茶は用意しておきます」

「ありがとう。寝具も予備を揃えてくれる? あと、隣り合うお部屋も使えるようにしておいて」

「はい、手配いたします」

 孫が消えて心配なのは、アスタロトだけでなくアデーレも同じだった。だが彼女は魔王城の侍女長としての職務を優先する。夫であるアスタロト大公が向かったなら、何があっても孫は無事。そう信じたのだ。

 シトリーの夫グシオンが駆けつけ、出張から戻ったアベルも顔を見せる頃……窓の外は薄暗くなっていた。

「俺が、俺の目の前で」

 まだ後悔と自責で混乱するイザヤに近づき、リリスはその白い手を彼の頭に乗せた。次の瞬間、ガクンと崩れ落ちる。咄嗟に支えた妻アンナへ、微笑んで伝えた。

「一時的に眠らせたわ。起きる頃には気持ちが整理されると思うけど……」

「隣室のベッドに運ぶなら手伝います」

 グシオンが名乗り出て、軽々と成人男性を持ち上げた。神龍族の彼にとって、人の体重などゼロに等しい。アンナは夫に付き添うことになり、部屋は重苦しい空気に包まれた。

「リリス様、微力ながら協力させてください」

 育児休暇中のイポスが駆けつけた。我が子は夫ストラスに預けたという。力強い応援に、リリスは微笑んで頷いた。

「さあ、暗い顔をしていたら幸運が逃げてしまうわ。ルシファー達を信じて待ちましょう」
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