40 / 530
第3章 昔話は長いもの
39.森で出会った裸族という表現
しおりを挟む
ずずっ。音を立ててお茶を啜ったのは、アムドゥスキアスだった。いつの間に入り込んだのか、婚約者の足元でカップのお茶を飲む姿は飼い犬のようだ。苦笑いしたレライエの膝に乗せてもらい、嬉しそうに頬ずりした。途端にぱちんと頬を叩かれる。
「顔を拭くんじゃない」
「ごめ、ん、なさい」
しょんぼりと項垂れる姿は哀れを誘うが、確かにお茶を飲んだ彼が顔を押し付けたスカートに染みが出来ていた。女性としては迷惑この上ないペット……いや、夫である。
「ねぇ、翡翠竜。そのうち捨てられるよ」
夢中になって聞いていたベールの話の余韻を台無しにされ、ルキフェルがぼそっと爆弾を落とす。青ざめた翡翠竜が妻の顔を窺い、それから自分が顔を押し付けたスカートに目を向ける。小型もみじの手で何度もスカートを撫でた。仕方ないと溜め息をついて許すあたり、レライエの方がよほど大人だ。
「もういい。これからは気を付けろ」
いろいろな意味において気を付けろ。と忠告するレライエの優しさに、アムドゥスキアスはこくんと頷いた。再び小声で謝罪を繰り返す。手荒に見える所作で撫でられ、ほっとした顔で翡翠竜は妻に甘えた。
「どこまで話したかしら?」
「ベールが森で出会った裸族と戦ったところまで」
ルキフェルが端的に話をまとめたが、その表現にアスタロトがお茶を吹いた。
「ちょっ! 汚いわね」
お茶が撥ねたと怒るベルゼビュートをよそに、苦しそうに咳き込むアスタロト。慌てたルーサルカがハンカチを取りだすが、受け取ったアスタロトはそれを収納にしまって別のタオルで口元を押さえた。ここにルシファーかリリスがいたら「持ち帰るんだ?」と疑問を口にしただろう。ここに残る大公女達にそんな勇気はなく、見なかったことにされた。
確かに発見当時、服を着ていなかったルシファーだが……あの容姿でそれは危険だ。全員がそう感じた結論は同じでも、途中の考えはズレていた。美形が裸だと襲われると考えた者、あの凶悪なまでの強さを持つ魔王が裸……と認識した者、戦うにしても目のやり場に困ると悩む者など。
「残りは?」
もう一つ話が残っている。そう主張するルキフェルだが、大公女達は一区切りついたと立ち上がった。それぞれに家庭を持つ身である。仕事で拘束されるのでなければ、そろそろ帰らなくてはならない。話の中身に興味があったとしても……妻であり、母だった。
「楽しいお話の最中ですが、私はこれで失礼いたします」
「待って、私も一緒に帰るわ。本日は貴重なお話をありがとうございました」
シトリーが立ち上がり、ルーシアが続く。レライエも夫アムドゥスキアスを抱き上げて一礼した。皆が帰るなら私も……ルーサルカも帰宅の挨拶を始める。ここで今日は一段落となった。ルキフェルはベルゼビュートに話を聞こうとするが、彼女も息子を預けているので帰ると言い出す。
「ルキフェルは独身だからいいけど、妻や母は忙しいのよ」
「自分だってつい先日まで独身だったくせに」
ぼそっと呟くルキフェルの不満そうな顔に、ベルゼビュートは余裕を見せた。
「つい先日はもう13年も前よ」
ふふんと笑ってエリゴスと部屋を出ていく。残されたアスタロトはまだ咳き込んでおり、ルキフェルもさすがに諦めざるを得なかった。
「わかった。明日でいいや」
「明日は忙しいので、明後日以降にしましょう」
話すと言った以上、約束は果たします。そんな口調で、まだ荒れた声を絞って日程を調整するアスタロトは、紅茶で汚れた机の上を綺麗に片付ける。彼らが出た部屋の明かりが落ちて……魔王城の夜はゆっくりと更けていった。
「顔を拭くんじゃない」
「ごめ、ん、なさい」
しょんぼりと項垂れる姿は哀れを誘うが、確かにお茶を飲んだ彼が顔を押し付けたスカートに染みが出来ていた。女性としては迷惑この上ないペット……いや、夫である。
「ねぇ、翡翠竜。そのうち捨てられるよ」
夢中になって聞いていたベールの話の余韻を台無しにされ、ルキフェルがぼそっと爆弾を落とす。青ざめた翡翠竜が妻の顔を窺い、それから自分が顔を押し付けたスカートに目を向ける。小型もみじの手で何度もスカートを撫でた。仕方ないと溜め息をついて許すあたり、レライエの方がよほど大人だ。
「もういい。これからは気を付けろ」
いろいろな意味において気を付けろ。と忠告するレライエの優しさに、アムドゥスキアスはこくんと頷いた。再び小声で謝罪を繰り返す。手荒に見える所作で撫でられ、ほっとした顔で翡翠竜は妻に甘えた。
「どこまで話したかしら?」
「ベールが森で出会った裸族と戦ったところまで」
ルキフェルが端的に話をまとめたが、その表現にアスタロトがお茶を吹いた。
「ちょっ! 汚いわね」
お茶が撥ねたと怒るベルゼビュートをよそに、苦しそうに咳き込むアスタロト。慌てたルーサルカがハンカチを取りだすが、受け取ったアスタロトはそれを収納にしまって別のタオルで口元を押さえた。ここにルシファーかリリスがいたら「持ち帰るんだ?」と疑問を口にしただろう。ここに残る大公女達にそんな勇気はなく、見なかったことにされた。
確かに発見当時、服を着ていなかったルシファーだが……あの容姿でそれは危険だ。全員がそう感じた結論は同じでも、途中の考えはズレていた。美形が裸だと襲われると考えた者、あの凶悪なまでの強さを持つ魔王が裸……と認識した者、戦うにしても目のやり場に困ると悩む者など。
「残りは?」
もう一つ話が残っている。そう主張するルキフェルだが、大公女達は一区切りついたと立ち上がった。それぞれに家庭を持つ身である。仕事で拘束されるのでなければ、そろそろ帰らなくてはならない。話の中身に興味があったとしても……妻であり、母だった。
「楽しいお話の最中ですが、私はこれで失礼いたします」
「待って、私も一緒に帰るわ。本日は貴重なお話をありがとうございました」
シトリーが立ち上がり、ルーシアが続く。レライエも夫アムドゥスキアスを抱き上げて一礼した。皆が帰るなら私も……ルーサルカも帰宅の挨拶を始める。ここで今日は一段落となった。ルキフェルはベルゼビュートに話を聞こうとするが、彼女も息子を預けているので帰ると言い出す。
「ルキフェルは独身だからいいけど、妻や母は忙しいのよ」
「自分だってつい先日まで独身だったくせに」
ぼそっと呟くルキフェルの不満そうな顔に、ベルゼビュートは余裕を見せた。
「つい先日はもう13年も前よ」
ふふんと笑ってエリゴスと部屋を出ていく。残されたアスタロトはまだ咳き込んでおり、ルキフェルもさすがに諦めざるを得なかった。
「わかった。明日でいいや」
「明日は忙しいので、明後日以降にしましょう」
話すと言った以上、約束は果たします。そんな口調で、まだ荒れた声を絞って日程を調整するアスタロトは、紅茶で汚れた机の上を綺麗に片付ける。彼らが出た部屋の明かりが落ちて……魔王城の夜はゆっくりと更けていった。
20
お気に入りに追加
772
あなたにおすすめの小説
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。
まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。
泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。
それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ!
【手直しての再掲載です】
いつも通り、ふんわり設定です。
いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*)
Copyright©︎2022-まるねこ
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!
枢 呂紅
恋愛
「わたしにだって、限界があるんですよ……」
そんな風に泣きながら、べろべろに酔いつぶれて行き倒れていたイケメンを拾ってしまったフィアナ。そのまま道端に放っておくのも忍びなくて、仏心をみせて拾ってやったのがすべての間違いの始まりだった――。
「天使で、女神で、マイスウィートハニーなフィアナさん。どうか私の愛を受け入れてください!」
「気持ち悪いし重いんで絶対嫌です」
外見だけは最強だが中身は残念なイケメン宰相と、そんな宰相に好かれてしまった庶民ムスメの、温度差しかない身分差×年の差溺愛ストーリー、ここに開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!
楠ノ木雫
恋愛
貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?
貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。
けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?
※他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる