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第3章 昔話は長いもの

32.吸血鬼王の呪いが放たれる

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 抱いたイヴを眠らせたルシファーは、口元を緩めた。長椅子の隣に座るリリスは目を輝かせる。これらの昔話が気に入ったらしい。

「その先は? 昔、本気で戦ったと聞いたわ」

「その話は私もお義母様から少し。詳しくお聞きしたいです」

 ルーサルカの希望もあり、アスタロトはお茶を飲んでから続きを口にした。





 名前の交換を終えた後、数十年はあまり変わらぬ状態だった。会うたびに参謀になれと願うルシファーに対し、アスタロトは首を横に振る。ベールは子どもに甘いのか、少年姿のルシファーの面倒を見始めた。ベルゼビュートは、ルシファーならいいと早々に魔王の座を放棄する。

「あれほど固執していたくせに、譲るのか」

 呆れを滲ませた声で詰るアスタロトへ、ベルゼビュートは平然と言い返した。

「母なる森が望んだ王だもの。何も問題ないわ。私はルシファー様に、命と同等の仲間を助けてもらった。恩は返すのが精霊の流儀よ」

 言い切った彼女を、少しだけ羨ましく感じる。一族の命運を握りながら、委ねるに足る主君を得た。それは手が届くところにあるのに、アスタロトには遠く感じられた。誰かに膝を折る自分が想像できない。

「足掻けばいいでしょう。その時間はたっぷりあるのですから」

 達観した様子のベールは、幻獣や神獣達を保護する目処が立ったようだ。表情が柔らかくなった。

「また来たのか? そろそろ一緒に手伝ってくれると助かる」

「お前を助ける理由がない」

「うーん、アスタロトは頑固だな」

 苦笑いして受け流すルシファーは、様々な種族との交流を深めていた。この頃はまだ「魔王」が頂点という考え方が薄く、各種族が好き勝手に動いた時期だ。騒動も多く、他種族を殺して領地を奪おうとする者もいた。それらの問題を仲裁する繰り返しだが、ルシファーは状況を楽しんでいる。

「名前を呼んでくれても……」

 興味を持って名を聞いたくせに、一度もルシファーの名を呼ばない。その拒絶が抵抗なのだろう。

「呼ばない」

 くるりと背を向けたアスタロトに、何かが襲いかかった。速すぎて、目が追いきれない。見失った敵は、再びアスタロトへ仕掛けた。

 妖精族の少女だ。少し離れた位置にいたため、ルシファーは攻撃の全貌を目で捉えていた。魔力で追えばもっと分かりやすい。何らかの対立があったのだろう。吸血種にとって、妖精族の血は甘くて良質な餌だった。その辺の事情を聞いていたルシファーが間に入ろうとするより先に、少女がアスタロトに捕獲される。

「うぅ」

 首を掴んで締め上げるアスタロトが、牙も角も解放した。捕らえた獲物を引き寄せる。その動きを待っていた少女が、剣をアスタロトへ突き立てた。結界で弾かれるはずの剣は、なぜかアスタロトの首を切り裂く。

「っ、なぜ……」

「あんたの、同族の骨から……研磨したの! お母さんの仇っ!!」

 敵である吸血種を捕らえ、殺して骨を奪った。そこから削り出した武器は、アスタロトの結界をすり抜けたのだ。噴き出した血は赤黒く濁っていた。

「アスタロト?」

 まさか少女の刃が届くと思わず、呆然と成り行きを眺めてしまったルシファーが首を傾げる。この時、アスタロトに周囲の音など聞こえていなかった。

 熱い痛みが走った、鼓動と同じ速さで何かが体を支配する。噴き出す命の水への恐怖はなく、激しい頭痛に呻いた。体内に宿した呪いが、封印を破ろうとしている。

「はな、れ……」

 離れろ。そう警告することが、自分でも不思議だった。必死に抑え込もうとする呪いが、ざわりと揺れる。

「ベルゼ、あの少女を」

「はい」

 安全を確保された妖精族の少女は、涙を流しながら赤く染まった手で顔を拭った。

「やってやった、お母さん……っ、やったわ」

 吸血鬼王を傷つけた少女は誇るようにそう叫び、その声に獣のような咆哮が重なった。
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