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第3章 昔話は長いもの

30.臣下に降れと言わないのか

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 警戒するエリゴスを抱き締めるベルゼビュートは、貝のようにぴたりと口を閉じた。余計なことを話すと後が怖い。そんな二人を見ながら、ルシファーは紅茶に口を含んだ。酸っぱい……思ってた味と違ったので、温室の地面にそっと流す。何食わぬ顔で、ポットの中身も捨てた。

 ガラスのポットを濯いで、収納から引っ張り出した紅茶の葉を入れる。沸かしたお湯を指先から注ぎ、慣れた手つきでお茶を蒸らし始めた。

「失礼します」

 そろそろと思ったところで、アスタロトがポットを手に取り、お茶を注ぐ。飲み終えたカップを浄化した大公女達も、有り難く二杯目を頂いた。

「お義父様、続きが聞きたいです。どうして魔王陛下の臣下になったのか」

「……ああ、あの頃はまだ勢いがありましたからね」

 懐かしいと赤い目を細める。ここからの話は話し手が交代らしい。アスタロトは慣れた様子で己の椅子を用意して寛いだ。





 頂点に立つこと、それは最強の証だ。ベールやベルゼビュート相手に負ける気はしないので、彼や彼女に従う選択肢はない。だがルシファーは別格だった。おそらく三人で攻撃しても勝てないだろう。

 分かっているのに、ただ従う気はなかった。一族の立場云々、理由をつけて決着を先延ばしにする。顔を合わせれば、未熟さを指摘した。魔力量が桁違いに多く、意思を持つ武器を従えた子ども……そう、まだ子どもだった。どれほど強くとも、美しい外見を誇ろうと、幼い子どもにしか見えない。

「お前のその甘さが、気に入らない」

 逆らった魔獣を叩きのめしたくせに、見せしめに殺さない。ルシファーの姿勢は舐められる一因だった。強いくせに甘い。その振る舞いは、アスタロトを苛立たせた。強い者は弱い者を支配し、従えるのが道理だ。ならば言うことを聞かない、逆らった者を許す必要はなかった。

 怒るかと思ったが、足下に魔獣を転がしたルシファーは笑った。それは嬉しそうに、アスタロトへ笑顔を向ける。

「今日も来てくれたのか。意見はありがたく聞こう」

「聞くだけでなく実行しろ」

 乱暴な口調で吐き捨てるアスタロトは、武器を手にしている。魔力を練った虹色の剣を隠そうともしなかった。普段はついて回るベールやベルゼビュートがいたら、アスタロトに食ってかかったはずだ。

「こないだの件は考えてくれたか?」

「断る」

「ならばまた、新たに誘おう。オレを参謀として助けてくれないか? 答えは次回でいい」

 その場で答えようとする男に、少年は手を上げて答えを阻んだ。毎回同じやりとりをしているのに、懲りずに誘い続ける。その意図が掴めず、アスタロトはこまめに通う形になった。それこそルシファーの思う壺なのだが、この時は気づけなかった。

「配下に降れとは言わないのか」

 ふと気になって、違う反応を見せた。するとルシファーは、大きな銀の瞳をぱちりと瞬きして、くすくすと笑う。

「配下に? お前はそんなタイプじゃないだろ」

 だから無理な要求はしない。大人びた言葉の直後、ルシファーの背後から竜族が襲いかかった。上空から急降下したドラゴンは、ばさりと羽を広げて止まりブレスを吐く。

 純白の少年はブレスの中に飲まれた。骨まで焼き尽くすのがドラゴンの炎で、骨も残さないのが鳳凰の攻撃だ。油断するからだと呟きながら、なんとも言えない後味の悪さに剣先を竜へ向けた。

「さっさと失せろ。消されたいのか」

 魔力を高め攻撃に移ろうとしたアスタロトより早く、大きな魔力が爆発した。高温の炎が大地を焼く只中で、美しい純白の髪がふわりと踊る。青い艶を帯びた黒い翼が広がり、炎や熱を消し去った。

「なかなかの攻撃だが、まだぬるい」

 ルシファーは無造作に、その手でドラゴンの羽を掴んだ。引き倒される竜の目が見開かれる。少年の姿をしていても、その魔力と強さは本物だった。魔力で圧を掛けるルシファーの前で、巨大なドラゴンが平らになっていく。

「伏せろ、オレを見下ろすなど数千年早い」
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