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第3章 昔話は長いもの

29.昔話は興味と危険がいっぱい

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 ここでお茶が運ばれてくる。自ら給仕役を買って出たベルゼビュートが「薔薇の実を使ったの」と説明しながら、赤いハーブティを注いだ。それぞれがカップを手元に引き寄せ、ほっと一息つく。

 当然のように開いた席に座るベルゼビュートの足元に、夫エリゴスが寄り添った。今日は獣姿らしい。

「あの頃はいろいろ大変だったけど、陛下はそれはもう強かったのよ」

 話に加わってきた。肩を竦めたルシファーが譲る姿勢を見せたので、そこからはベルゼビュートが語り始める。




 圧倒的強者などいない。少なくとも魔力が強い子ども程度の認識だったのに、本気を出したルシファーは強かった。拮抗する3人のバランスを崩した純白の子どもへ、アスタロトが魔力で練った剣先を向ける。殺すつもりで首筋目掛けて突き出した虹色の刃を、ルシファーは指先でひょいっと掴んだ。

「この程度の力で、敵を自称するのか」

 子どもらしからぬ口調で吐き捨て、剣先を折った。高濃度の魔力で顕現させ、具現化して維持する。その切れ味は鋭く、いくら切っても鈍らない利点があった。ベルゼビュートの剣を何度も刃毀れさせたアスタロトの魔力を、投げ捨てる。

 虹色の剣先は、打ち捨てられた地面で霧散した。呆然とするアスタロトだが、すぐに剣に魔力を込め直す。まだ攻撃の意思を示す吸血鬼王に、ルシファーは一切手加減しなかった。

 呼び出した三日月形の鎌を振るって、アスタロトの剣技を払いのける。何度も攻撃するアスタロトが疲れて動けなくなるまで、幼さを残す少年は淡々と相手をした。途中で介入したベールは、さっさと手を引く。

「魔力の質が違い過ぎます。私では勝てません」

 あっさり敗北宣言に近い発言をした後、勝負の行方を見守る側に回った。勝った方に従うとでもいうように。




「こういうところ、本当にベールは狡いんだから」

 ベルゼビュートはムッとした顔で吐き捨てた。ルシファーは何も言わず、夢中になって聞いていたリリスは一段落したタイミングで菓子を口に入れる。イヴは大人しく眠っているようで、口元がもぐもぐと動いていた。

「ベールらしいじゃん」

 ルキフェルはにこにこと機嫌がいい。普段は聞いてもはぐらかされる昔話だ。ルシファーやベルゼビュートの視点で語られる過去は、魔王史を読んである程度知っていても興味があった。それも当事者が記憶を辿って話すなど、贅沢なことだ。

 歴史の生き証人が自ら語り出した内容であるため、多少の誇張があっても事実である。大公女達は目を輝かせて、今日が出勤日でよかったと耳を傾けた。ルーサルカにとって、義父になるアスタロトの昔話はとても興味深い。せがんでも話を逸らされてしまうので、質問したいことがあった。

「どうやって魔王陛下に忠誠を誓うようになったんですか? 今のお義父様の姿からは想像できません」

 父と呼びなさいと言われてから、ずっと私的な呼び方をしているルーサルカは、そのことに気づいていない。一瞬目配せし合ったが、大公女達はスルーした。この場は公式ではないので、問題ないし……何だか可愛い。きちんとルシファーを魔王陛下と呼称しているから、不敬罪もないし。

 友情とは時に薄情と同意語なのだろうか。

「そうだな。数百年は敵対して、千年くらい当たらず触らず。距離を置いて過ごした後で……突然現れたんだっけ」

「私やベールはすぐに認めたのに、アスタロトだけ抵抗したのよ。しかも時々嫌がらせに来るの。あの厭味ったらしい口調で、ねちねちと……」

「ほう、その先は何ですか? ベルゼビュート。遠慮なく言ってくださいね」

 するりと足元から現れたアスタロトは、ルーサルカの影を使ったらしい。飛び退って「いやぁ、近づかないで」と逃げるベルゼビュートが、夫エリゴスにしがみ付いた。唸る魔獣の姿に、アスタロトは本気を滲ませる声で「冗談ですよ」と告げる。声色が言葉を否定していた。
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