上 下
5 / 530
第1章 出産から始まる騒動

04.お姫様の名前が決まりました

しおりを挟む
 吾子を抱き、リリスは嬉しそうに頬を緩める。祝福の声が寄せられ、贈り物も大量に届いた。一晩経って、ようやく実感が湧いたらしい。リリスは我が子に頬を寄せた。

「可愛いわ、ねえ……ルシファー、私に似てるかしら」

「そっくりだ。可愛いところまで似ているな」

 まだ皺くちゃの顔だが、やはり可愛いと感じる。リリスを拾った時はすでに一月近い月齢だった。肌の感じや手指の力強さも、あの頃のリリスとは全く違う。こんなに小さいのに、すべての指や臓器が正常に動いているなんて不思議だった。

「ふふっ、目の色はルシファーにそっくり」

 大きな銀の瞳がぱちりと瞬く。小さな指をぎこちなく動かし、必死で母リリスの胸元を掴もうとしていた。リリスが普段より大きくなった胸を露わにし、我が子に乳を与える。ちゅうちゅうと吸い付く姿に、目頭が熱くなった。

「どうしたの?」

「なんでもない」

 目元を押さえて視線を逸らしたルシファーに、リリスは首を傾げる。しかしすぐに視線は我が子に注がれた。まだ髪も疎な赤子は、しばらくすると満足そうに脱力する。アデーレがさっと受け取り、手早くゲップをさせた。

「懐かしいな。昔はゲップのことを知らなくて、びっくりしたぞ」

 アスタロトに粗相をした話を口に出そうとして、ルシファーは手前で止めた。リリスはもちろん、側近のアスタロトの怒りも怖い。吸血鬼王である彼に魔力を抜かれでもしたら、魔王といえど十年ほど影響を受けるのだ。可愛い我が子の子育てを行いたい彼にとって、多大な被害を受ける可能性が高かった。

 いつも叱られ説教される魔王も、多少は学んでいるのだ。余計なことは口にしないのが最善だった。

「産湯を勘違いして沈めたのも、懐かしいですわ」

 ベルゼビュートがくすくすと笑う。彼女も我が子が生まれて必死に育児書を読み、あの頃の間違いを理解した一人だった。お陰で、一人息子のジルは無事育っている。

「これから数年は、イヴの育児で忙しくなるな」

 さらりと発表された名前に、リリスが手を叩いて喜ぶ。

「イヴ、いい名前ね」

「正式にはイヴリースにしようと思ったが、イヴで切った方が可愛いだろう?」

 普通はそれを愛称と呼ぶのだが……ルシファーは正式名もカットするつもりらしい。ここに大公達がいれば何か物申したかも知れない。だが、現時点で大公はベルゼビュートだけだった。彼女は我が子ジルに夢中で聞いていない。

「イヴ、いい名前をもらったわね」

 着替えとおむつの交換を終えて戻された娘を抱くリリスは、ご機嫌だった。この時点で名前は確定である。魔王ルシファーと魔王妃リリスが納得してしまえば、誰が反対しても聞かない。

「陛下、謁見のお時間です」

 書類仕事は日本人の改革でかなり減ったが、謁見の数は逆に増えた。空いた時間を埋めるように、増える一方だ。その原因の一端を担うのが、各地に設置した転移魔法陣の存在だった。

 魔法陣で日帰りが可能になったため、魔王陛下への謁見依頼が増える。ある意味、なぜ事前に予測できなかったのか。大公達は頭を抱える程だった。

「今行く! じゃあ、リリスとイヴはゆっくりしてて」

「いってらっしゃい、ルシファー」

 見送るリリスに手を振り、ルシファーは足速に廊下を進む。早く仕事を終えて、可愛い妻と娘の元に帰らなくてはならない。謁見に来た貴族達もきっと理解してくれるはずだ。

 謁見の間に置かれた玉座に座り、ざっと頭を下げる貴族達を見回した。

「魔王妃リリスが我が娘を産んだ。故に本日の謁見はこれで終了とする」

 途中経過をすっ飛ばして結論のみを突きつけ、ルシファーはさっさと踵を返した。きょとんとした顔で見送る貴族達は、突然もたらされた重大情報に沸き立つ。これらの情報を一族に持ち帰らねばと、慌てて飛び出して行った。

「……抗議がないのも凄いですね」

 呆れたと溢すアスタロトだが、ルシファーの気持ちも分かる。整った顔に諦めの色を浮かべ、淡い金髪をかき上げた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

処理中です...