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本編
97.見透かされていた策
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一気に情勢を傾け、その後はゆっくりと場を整える。アンネリースとウルリヒの手法は一致していた。
征服に時間をかけ過ぎれば、敵同士が手を組んで襲ってくる。少なくとも半分以上の国や領地を手に入れれば、その後は数の有利を活かせばよかった。乱暴な手法のようだが、効果的で民の血を極力流さずに済む。
スマラグドスが少数精鋭で傭兵としての信頼を築いたのと、正反対のやり方だ。圧倒的な実力差がない限り、彼らの手法は通用しなかった。大衆を動かす方法は、ジャスパー帝国の頂点に立ったウルリヒの得意分野だ。
人々は不満が募れば爆発し、上位者に牙を剥いた。裏を返せば、不満を別の何かで埋めてやればいい。怒りが爆発する前に、目を逸らす先を用意する。簡単だが、何を与えるか。今後の施策に関わるため、熟考が求められた。
帝国が貯め込んだ潤沢な資金と、当代随一の戦闘力。両方が手元に揃い、有能な宰相がいてこそ整えられた環境だった。
「女王陛下、そろそろ……」
「あなた、まだそんなことを? ルドに叱られてしまえばいいわ」
私を断罪して追放すべき時期では? 女王が頂点に立つ形を示すには、有能な宰相は邪魔だ。自分の能力を正確に理解するからこそ、ウルリヒは冷静に判断していた。
一つの組織に二つの頭はいらない。ルードルフは武力の頂点に立つことがあっても、女王アンネリースに弓引く存在になる心配はなかった。祭り上げようとすれば、本能で察する彼は拒絶するはずだ。
ウルリヒのような存在ほど、闇を引き寄せる。大量に招き寄せた裏切り者のリストを土産に、このまま引退を決め込むつもりだった。そんな宰相に、女王は満面の笑みで首を横に振った。
「ダメよ、許さないわ。だって、こんな世界に私を放り込んだのは、ウルリヒじゃないの」
優秀なのに兄の後ろに隠れる王女を惜しみ、彼女を得ようと画策した。直前の公爵らの暴走で、王を失ったムンパールへの詫びのつもりで。手を出したウルリヒの計算違いは、アンネリースの兄も王として素質があったこと。
残る家族であるアンネリースのために剣を抜き、自ら玉座を守ろうとした。融通の効かないルードルフは、その心意気を讃える。公爵らの妨害により、伝達が阻害される不幸が重なった。
兄を補佐に、王女を頂点に押し上げる予定が崩れた。報告を受けた時から、いつかこの首を詫びに差し出そうと考える。見透かした顔で、女王は命じた。
「老衰以外で死ぬなんて認めないわ。ルドもウルリヒも、私を看取る気で頑張りなさい。そうしたら、最期に許してあげる」
すでにルードルフには話した。彼は当然だと受け入れ、長生きすると宣言した。二度と置いて行かれたくない女王の本音を、彼は感じ取っていたのだ。ウルリヒは目を見開き、唇を震わせた。溢れそうになる涙を堪え、静かに頭を下げた。
「ご下命、必ずや」
「二度目はないわよ? 次にバカなことを言い出したら、絶対に死ねなくしてやるんだから」
言い置いて踵を返す女王の気配が消えるのを待って、ウルリヒは顔を上げた。そのまま床に座り込む。
「参りました。私の負けです」
そう呟いた表情は、泣き笑いの形に歪んでいた。
征服に時間をかけ過ぎれば、敵同士が手を組んで襲ってくる。少なくとも半分以上の国や領地を手に入れれば、その後は数の有利を活かせばよかった。乱暴な手法のようだが、効果的で民の血を極力流さずに済む。
スマラグドスが少数精鋭で傭兵としての信頼を築いたのと、正反対のやり方だ。圧倒的な実力差がない限り、彼らの手法は通用しなかった。大衆を動かす方法は、ジャスパー帝国の頂点に立ったウルリヒの得意分野だ。
人々は不満が募れば爆発し、上位者に牙を剥いた。裏を返せば、不満を別の何かで埋めてやればいい。怒りが爆発する前に、目を逸らす先を用意する。簡単だが、何を与えるか。今後の施策に関わるため、熟考が求められた。
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「女王陛下、そろそろ……」
「あなた、まだそんなことを? ルドに叱られてしまえばいいわ」
私を断罪して追放すべき時期では? 女王が頂点に立つ形を示すには、有能な宰相は邪魔だ。自分の能力を正確に理解するからこそ、ウルリヒは冷静に判断していた。
一つの組織に二つの頭はいらない。ルードルフは武力の頂点に立つことがあっても、女王アンネリースに弓引く存在になる心配はなかった。祭り上げようとすれば、本能で察する彼は拒絶するはずだ。
ウルリヒのような存在ほど、闇を引き寄せる。大量に招き寄せた裏切り者のリストを土産に、このまま引退を決め込むつもりだった。そんな宰相に、女王は満面の笑みで首を横に振った。
「ダメよ、許さないわ。だって、こんな世界に私を放り込んだのは、ウルリヒじゃないの」
優秀なのに兄の後ろに隠れる王女を惜しみ、彼女を得ようと画策した。直前の公爵らの暴走で、王を失ったムンパールへの詫びのつもりで。手を出したウルリヒの計算違いは、アンネリースの兄も王として素質があったこと。
残る家族であるアンネリースのために剣を抜き、自ら玉座を守ろうとした。融通の効かないルードルフは、その心意気を讃える。公爵らの妨害により、伝達が阻害される不幸が重なった。
兄を補佐に、王女を頂点に押し上げる予定が崩れた。報告を受けた時から、いつかこの首を詫びに差し出そうと考える。見透かした顔で、女王は命じた。
「老衰以外で死ぬなんて認めないわ。ルドもウルリヒも、私を看取る気で頑張りなさい。そうしたら、最期に許してあげる」
すでにルードルフには話した。彼は当然だと受け入れ、長生きすると宣言した。二度と置いて行かれたくない女王の本音を、彼は感じ取っていたのだ。ウルリヒは目を見開き、唇を震わせた。溢れそうになる涙を堪え、静かに頭を下げた。
「ご下命、必ずや」
「二度目はないわよ? 次にバカなことを言い出したら、絶対に死ねなくしてやるんだから」
言い置いて踵を返す女王の気配が消えるのを待って、ウルリヒは顔を上げた。そのまま床に座り込む。
「参りました。私の負けです」
そう呟いた表情は、泣き笑いの形に歪んでいた。
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