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本編
92.盗賊の蔓延る国境事情
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ザイツ子爵家は、文官の家系だった。王宮で書類を捌き、手紙を分類する。不備があれば撥ねて返すのが役割だ。詰まらない仕事だと思ってきたが、今にして思えば良い職場だった。代々継いだ仕事を放り出し、色気を出したのが失敗の始まり。
他国への使者として出向いてくれないか。そう声をかけられ、浮かれて即断即決した。もちろん承諾だ。使者や大使は国の代表であり、名誉な仕事だと感じた。しかし、使い捨ての駒だったのか。
アメシス王国の威光を理解しない隣国の女王から、侯爵への補償を引き出す仕事を請け負う。子爵家からみて、二段階も上の侯爵家当主となれば、雲の上の人だった。当然顔も知らなければ、なぜこんな状況になったのかも分からない。
以前ムンパール王国だった領地は、王家唯一の生き残りである王女が女王として新しい国を興した。ムンパール王国を名乗り、いきなり周辺国を呼びつけた話は有名だ。ジャスパー帝国の元皇帝を宰相に据え、戦上手な傭兵集団スマラグドスを手懐けた。
この辺までは、貴族の嗜みとして理解している。他国の情勢にも気を配り、情報を得るのは重要だった。何も知らずに騙されたら、家が途絶えてしまう。
セレスタインは戦に敗れ、女王と同盟を組んだスフェーンが管理しているらしい。隣のルベリウスは、勝手に自滅した。その裏に元皇帝ウルリヒがいるのは、間違いない。だから、恐れるなら宰相となったウルリヒだと考えた。
女王はただの飾りで、傀儡だろう。なぜならスマラグドスの長に下賜して娶らせたのだから。近隣に名を馳せる美女だと言うから、顔を見るのは楽しみだな。その程度の感覚で使者に立ち、コテンパンに負けた。王になんと報告したものか。
譲歩や補償どころか、激昂や謝罪すら引き出させなかった。項垂れて馬車に揺られる子爵一行を、盗賊が襲う。もう国境が近い場所で、馬車から引き摺り出された。縛り上げられたが目隠しはされない。
子爵の目に映ったのは、壊された馬車と転がる大量の獣の死体だ。生臭さに眉を寄せ、命じられて歩いた。自国アメシス王国の方角へ。用意された幌付きの荷馬車に放り込まれた。
ごとごと揺れる荷馬車の中は、縛り上げられた騎士や従者が転がる。荷物は盗まれただろうし、この後どうなるのか。すぐに殺されなかったので、身代金を請求する可能性がある。生きて帰れる期待に胸を高鳴らせた。
その希望は、僅か五日で打ち砕かれる。祖国アメシス王国が取引を断ったと聞かされた。慌てて身分を明かし、妻へ金を工面してくれるよう手紙を出す。盗賊に囲まれ、逃げようとした騎士の悲鳴を聞いた。山奥の洞窟が住処だ。虫は出るし、何より盗賊と一緒は恐ろしかった。
逃げたら殺すと脅され、妻の用意する身代金を大人しく待つ。時間がかかったが、釈放されることになった。再び荷馬車で国境付近まで運ばれる。妻がいくらか色をつけたのか、短剣と荷馬車をサービスしてくれた。
盗賊が茂みに消えるのを待って、短剣で縄を切る。侍従の縄も解き、騎士達も解放した。盗賊退治に息巻く騎士を説得し、彼らは懐かしい王都を目指す。護衛騎士をつけた荷馬車は、各地で食料を恵んでもらいながら、痩せた馬に引かれて噂を振り撒いた。
王家は国の代表である使者の身代金をケチって見捨て、国境の内側は盗賊の巣である、と。
他国への使者として出向いてくれないか。そう声をかけられ、浮かれて即断即決した。もちろん承諾だ。使者や大使は国の代表であり、名誉な仕事だと感じた。しかし、使い捨ての駒だったのか。
アメシス王国の威光を理解しない隣国の女王から、侯爵への補償を引き出す仕事を請け負う。子爵家からみて、二段階も上の侯爵家当主となれば、雲の上の人だった。当然顔も知らなければ、なぜこんな状況になったのかも分からない。
以前ムンパール王国だった領地は、王家唯一の生き残りである王女が女王として新しい国を興した。ムンパール王国を名乗り、いきなり周辺国を呼びつけた話は有名だ。ジャスパー帝国の元皇帝を宰相に据え、戦上手な傭兵集団スマラグドスを手懐けた。
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女王はただの飾りで、傀儡だろう。なぜならスマラグドスの長に下賜して娶らせたのだから。近隣に名を馳せる美女だと言うから、顔を見るのは楽しみだな。その程度の感覚で使者に立ち、コテンパンに負けた。王になんと報告したものか。
譲歩や補償どころか、激昂や謝罪すら引き出させなかった。項垂れて馬車に揺られる子爵一行を、盗賊が襲う。もう国境が近い場所で、馬車から引き摺り出された。縛り上げられたが目隠しはされない。
子爵の目に映ったのは、壊された馬車と転がる大量の獣の死体だ。生臭さに眉を寄せ、命じられて歩いた。自国アメシス王国の方角へ。用意された幌付きの荷馬車に放り込まれた。
ごとごと揺れる荷馬車の中は、縛り上げられた騎士や従者が転がる。荷物は盗まれただろうし、この後どうなるのか。すぐに殺されなかったので、身代金を請求する可能性がある。生きて帰れる期待に胸を高鳴らせた。
その希望は、僅か五日で打ち砕かれる。祖国アメシス王国が取引を断ったと聞かされた。慌てて身分を明かし、妻へ金を工面してくれるよう手紙を出す。盗賊に囲まれ、逃げようとした騎士の悲鳴を聞いた。山奥の洞窟が住処だ。虫は出るし、何より盗賊と一緒は恐ろしかった。
逃げたら殺すと脅され、妻の用意する身代金を大人しく待つ。時間がかかったが、釈放されることになった。再び荷馬車で国境付近まで運ばれる。妻がいくらか色をつけたのか、短剣と荷馬車をサービスしてくれた。
盗賊が茂みに消えるのを待って、短剣で縄を切る。侍従の縄も解き、騎士達も解放した。盗賊退治に息巻く騎士を説得し、彼らは懐かしい王都を目指す。護衛騎士をつけた荷馬車は、各地で食料を恵んでもらいながら、痩せた馬に引かれて噂を振り撒いた。
王家は国の代表である使者の身代金をケチって見捨て、国境の内側は盗賊の巣である、と。
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