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本編

91.赤く染まった指先の罠

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 アンネリースの体調が戻った数日後、今度は使者ではなく親書が届いた。アメシス王国の王太子から、ムンティア王国の女王へ。信書なら宰相が開くが、親書では宛名の女王が開くしかない。

 アンネリースは執務室の机の上に、手紙を広げた。果物を並べた銀の器とお茶のカップを、机の端に避ける。手紙は全部で三枚だった。

 この部屋に夫と宰相がいたのは、だ。手紙を手元で読まず、広げて机に並べたのも、悪意はない。言い逃れ可能な状況を作り出し、三人は手紙を覗き込んだ。

 貴国の不誠実な対応に、落胆している。遠回しではなく、直球で断じた。これは……。

「王太子って相応の教育を受けていないのかしら」

 アンネリースが首を傾げた。こちらが犯人だと決めつけ、一方的に食ってかかる。それがアメシス王国の王太子教育なら、滅ぼさなくても亡びるでしょうね。そんな口調だった。

「世襲制は長くなるほど、弊害の方が大きくなるものです」

 定期的に血を入れ替えるなり、他国と繋がるなり、変化がなければこの程度だろう。自国が最高だと教えられ、疑うことを知らない。この手紙を書いたのが本当に王太子であるなら、だが。

「俺でも分かる。これは阿呆だ」

 ルードルフはふんと鼻を鳴らした。不満を表情に出す彼は、手紙の一文を指でなぞる。

「ここが特に気に食わん」

「ああ、女のくせに……ですか?」

 女なら大人しく男の命令に従え。女のくせに使者である伯爵家の次男に口答えするとは、生意気だ。もう少し湾曲な表現だが、内容を直訳した男達は顔をしかめた。

 女性でも有能な者はいる。男性でも愚か者は存在した。この手紙を書いた男のように、外交問題になる発言をする輩だ。それも口頭なら誤魔化しがきくのに、手紙という証拠を残した。国内で誰か嗜める賢者はいなかったのか。

「賢者がいる国なら、王族自体が入れ替わってるわ」

 アンネリースはにやりと笑った。彼女が気にしたのは、別の一行だった。子爵達が「殺された」と記載されている。女性云々の文面は、想定していたので無視した。揚げ足取りに最適の文面だ。

 前回の使者、子爵一行の死体は発見されなかった。死体もないのに、どうして殺されたと断定したのか。

「ここまで見事に踊るなら、何か褒美が必要じゃない?」

 にっこり笑う女王へ、宰相と将軍は深く一礼した。

「ええ、褒美を用意いたしましょう。彼らが国に帰った時、どんな発言をするのか楽しみです」

 宰相の発言に、察したルードルフが動く。ウルリヒはその後ろ姿を見送り、悪い笑みを浮かべた。

「敵に回していい相手と、絶対に避けるべき存在の区別がつかないなんて、可哀想だわ」

 同情する言葉を、嘲笑の響きで放つアンネリースは手を伸ばした。白い指先で果物の盛られた器から、葡萄を一粒摘む。口に運び、咀嚼しながら指先をぺろりと舐めた。葡萄の皮の色が移った指先は、ほんのりと染まる。彼女は指先を遠慮なく手紙になすりつけた。
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