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本編

85.平穏を乱す不穏な気配

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 女王陛下と王配殿下の朝を、邪魔するつもりはない。肩書きに「殿下」が付いた友人は、きちんと初夜を務めただろうか。変な勘繰りや詮索はやめよう。

 手元に届いた報告書を、ウルリヒは淡々と捌く。結婚式の後に行われた祭りと宴で起きたトラブルが記されていた。酔っ払って喧嘩した事例が十六件、貴族同士の言い争いから手が出た事例が八件、決闘まで発展する言い争いが三件。

 他にもうんざりするほど、多種多様な報告書が届いている。裸で踊りまくって逮捕された者や、財布を狙って失敗したスリが飲み潰された話もあった。祝いの席で羽目を外す者が出るのは予想していたが、思わず吹き出したり二度見する案件も多い。

 想像以上の騒ぎが起きていたようだ。衛兵達に褒美が必要かもしれないな。ウルリヒは処分や対応を記しながら、決裁印を押した。積まれた数十枚の報告書を処理し終え、凝った肩を解しながら窓の外へ目をやる。

「そろそろ……起きる頃でしょうか」

 一枚の紙を手に呟いた。すぐに対応が必要な緊急案件ではないが、相談しておきたい。侍女を呼び、状況を確認した。まだ起きてこないと聞いて、ペンのインクを拭いた。筆記用具を片付け、庭へ出る。

 最近庭師を雇ったため、ようやく華やかな彩りが増した庭を横切る。すたすたと足早に向かうのは、庭の先にある林の奥だった。騎士の訓練場と馬を離す馬場がある。

 昨夜の酒を抜く目的もあり、騎士やスマラグドスの戦士達が鍛錬に励んでいた。十数人の中から、目的の人物を発見する。ウルリヒは笑顔で手招いた。気づかなかったフリで、カミルが目を逸らす。

「カミル、こちらへ」

「すみません。今日から名前を変えます」

「馬鹿なことを言っていないで、ここへ」

 さっきより厳しい表現になり、迷った末に従った。これ以上抵抗しても、痛い目に遭うのは自分だ。カミルはある意味、賢かった。経験上、ウルリヒが二度も呼ぶなら逆らう方が怖い。嫌そうな態度を隠そうともせず、顔を顰めて手が届かない距離で止まった。

「不審な動きがあります。ルードルフに危害が及ぶ前に、処理してください」

「は? ボスにですか??」

 あのボスに逆らうなんて、命懸けだろ。ぼやくカミルは差し出された紙を手に取った。びっしりと並んだ文字を読むにつれ、表情が引き締まっていく。最後は眉根が寄った。

「ったく、上流階級気取る連中ってのは、いつだって汚い」

「否定はしません。醜い欲を崇高な目的と言い換えるのが、貴族ですから」

 上級階級の最上位にいた男は、傭兵が吐き捨てた言葉を否定しなかった。事実、汚く醜い策だと思う。ウルリヒが念押しする前に、カミルは畳んだ紙をポケットに押し込んだ。

「しばらく離れますが」

「ルードルフには伝えておきましょう」

 にやりと笑ったカミルは、鍛錬中の数人に声をかけて立ち去る。その後ろ姿を見送り、ウルリヒは屋敷を振り返った。

 結婚式や宴が終わった屋敷は、静けさを纏う。その平穏を邪魔する無粋な輩がいるなら、排除するのは臣下の務めだ。さて、どのように潰してやろうか。
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