上 下
81 / 114
本編

81.互いの領分を侵さない

しおりを挟む
 近づく貴族達に笑顔で応じ、多少の嫌味は聞き流す。代わりにちくりと一言突き刺すのだ。王族らしからぬ弱気な態度を見せれば、付けいられる。その恐怖と後の弊害を、アンネリースは理解していた。

「蛮族に捕まり、下賜されたなどと噂が流れた時は胸が痛みました」

「ふふっ、素敵な夫でしょう? この顔の傷が蛮族の汚名を着せられた原因なら、私は感謝しなくてはいけないわね。武勇で並ぶものがない猛将を手に入れたんだもの」

 先ほどの白ワイン騒動などどこ吹く風で、シャンパンに口を付ける。アンネリースの隣に立つルードルフは、余計な発言をしなかった。

 蛮族と呼ばれるのは慣れている。実際、貴族でも何でもない、山の民なのだ。肩を竦めてやり過ごした。その姿が余裕に感じられ、発言した侯爵は苛立つ。アンネリースは「器が違うわ」と声に出さず笑った。

「王宮が炎上したあの日、オジェ侯爵のお姿がなかったのが、幸いですわ」

 遠回しに「逃げて顔も出さなかったくせに、胸が痛いとは笑わせる」と投げかけた。青褪めた侯爵はあたふたと挨拶して踵を返す。一人、また一人と撃退するアンネリースを、ルードルフは感心しながら見ていた。

 こういった貴族の会話は、彼の領分ではない。戦場で本領発揮する夫に、アンネリースも無理な対応は求めなかった。私の会話を邪魔しなければいい。その程度だ。逆に戦場なら、ルードルフも同じように振る舞うだろう。

 宮廷の作法や嫌味、策略を泳ぐのは美しい熱帯魚の役目。外敵から物理的に真珠を守るのが、無骨な忠犬の仕事だった。互いの動きを妨げることなく、棲み分けは出来ている。

 話しかける人が途切れないため、アンネリースはグラスを手に窓際へ移動した。用意された長椅子に並んで座り、料理の皿を侍女から受け取る。食べるためではなく、話しかけられないための料理だった。

 暗黙の了解で、食事中は話しかけないのがマナーだ。ルードルフは皿の上にあるチーズを摘んで、ぽんと口に放り込んだ。中にサラミが入っており、彩りも添える酒の肴である。美味しいと二つ目も手に取った。

「随分、慣れてるんだな」

「これでも王女だったのよ。受け答えできなければ、いいように解釈されて損をするわ」

「俺も覚えた方がいいか?」

 ウルリヒに習うことになるが……前置きする夫に、妻は肩を震わせて笑った。赤にピンクが混じった紅の唇が、弧を描く。

「いいえ。あなたはそのままでいいの。ルド」

 変わらないでいて頂戴。この国と女王の私を暴力から守るのは、ルードルフの使命だ。代わりに彼を謀略や面倒ごとから遠ざけるのは、私の役割よ。アンネリースは、ようやくウルリヒの考えを理解した。

 彼が何を考えて私を捕えて下賜し、直後に皇帝の座を蹴って捨てたのか。ジャスパー帝国の女帝ではなく、新しいムンティア王国を興す必要があるのか。

 悪魔のように頭の切れる男は、すべてを己の手のひらで転がしてみせた。ならば、転がされた女王は、どんな方法で報いたらいいかしらね。機嫌のいい妻の隣で、ルードルフは手にしたチーズを一口で飲み込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。 ※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。  元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。  破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。  だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。  初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――? 「私は彼女の代わりなの――? それとも――」  昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。 ※全13話(1話を2〜4分割して投稿)

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

モブでも認知ぐらいしてほしいと思ったのがそもそもの間違いでした。

行倉宙華
恋愛
普通の女子大生の私が転生した先は、前世でプレイしていた乙女ゲーム「キングダム・レボリューション」の世界だった。 転生したキャラクターはゲーム中に名前も出てこないモブだけど、全然いい! だって、私は味方や敵もひっくるめて、キングダム・レボリューション、通称ダムレボの世界が大好きなんだもん! しかし、このゲームはネットでは悲恋革命と呼ばれるくらい選択肢を少しでも間違えると問答無用で悲恋へと誘われる。 クリアが極めて困難と言われていた。 おまけに、登場人物それぞれの背景であるトラウマの過去エピソードは重いものばかり。 プレイをすればするほど病むって言われてたっけな。 転生したなら私の願いはただ一つ。 登場人物達には普通に恋をして、失恋とかして、普通に幸せになってもらいたい。 トラウマなんて作らせない! そして、あわよくば顔見知り程度に! そんな物語の進行とか完全無視で、私は登場人物達の幸せを最優先で動いていたんだけど…… これは自分の行いで物語があらぬ方向に進もうとするのを、今度は自分で必死に軌道修正しようとする話である。 「違う! そうじゃない! そこまで望んでないってば!!」

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

処理中です...