75 / 114
本編
75.犠牲を恐れるには遅い
しおりを挟む
結婚式の二日前に、ルベリウス国の騒動を聞いた。民が暴動を起こし、その鎮圧に軍が乗り出し数十人が殺される。怒り狂った民は数の暴力で神殿を襲った。
分かっていたのに止めなかった。アンネリースはその痛みを己の罪と考える。だがルードルフは違った。
「あいつらは自分の権利を掴み取っただけだ」
何でもないことのようにそう答え、祝い事だと断定する。スマラグドスの神は大地の神だ。自ら欲しいものがあれば、手を伸ばし掴み取れと教わった。
我が子を腹一杯食べさせたい。税を軽くしてほしい。それらの願いを叶えるため、戦ったのなら勲章だと考えた。そこまで割り切れないながらも、アンネリースの気持ちが軽くなる。
「我々が戦争を仕掛けるより、犠牲は少なく済んでいます。何より、今後は王族が国の運営を行うそうですよ」
ウルリヒは、とって付けたように情報を開示した。状況を正確に知った上で、王族と繋ぎを取る。暴動が起き鎮圧されることで、抑圧された民が暴走すると。予測しながら利用したウルリヒは、女王へ淡々と告げた。
「この程度で罪悪感を持つのなら、陛下の称号は返上なさるほうがいい。この後はさらに辛くなります」
女王として立ち、周辺国を従えて戦いをなくす。そう決めたのは自分だった。圧倒的な戦力差があっても、犠牲のない戦争はない。結果をわかっていながら、私は選んだのだ。綺麗事を並べても、掴んだ手を離さないくせに。
顔を上げたアンネリースの表情に、迷いの色はなかった。
「ウルリヒの言う通りだわ。迷う時間は、逆に犠牲を増やすでしょう」
残るアメシス王国が服従を誓ったとしても、燻る火種となって、後から火を噴く。ならば火種が残らぬよう処理するのが、正しい方策だ。傲慢に感じられようと、俯くのは執政者の振る舞いではない。
「参加者は到着しているの?」
他国の暴動の結果より、自国の行事を優先する。女王ならば当然のことだわ。確認するアンネリースへ、ウルリヒは満足そうに答えた。
「スフェーン王国は、先代王ご夫妻が参加予定で明日の到着と伺いました。アメシス王国は欠席、セレスタインからは三人の代理人が参ります。地図から消えたルベリウスは、不参加でしょうね」
「元ジャスパー帝国の貴族の一部が、ムンティア王国の支持を表明した。奴らの調査は一族で行う。スマラグドスは街中に散って、そのまま祭りに参加するぞ」
ルードルフからも状況説明が入ってくる。周辺地域の情報を頭の中で整理し、アンネリースは頷いた。
「ならば予定通りに結婚式を挙げます。ルードルフ、覚悟を決めなさい」
「はっ」
膝をついて頭を下げるルードルフに、アンネリースとウルリヒは顔を見合わせた。なんとなく理解していない気がする。ベッドで妻を抱く覚悟を、一生仕える覚悟に置き換えて理解しているのでは? まったく同じ懸念を抱いた二人は、手分けして猛将を追い込む算段を整えた。
包囲された将軍は、敗北を喫するのか。それとも?
分かっていたのに止めなかった。アンネリースはその痛みを己の罪と考える。だがルードルフは違った。
「あいつらは自分の権利を掴み取っただけだ」
何でもないことのようにそう答え、祝い事だと断定する。スマラグドスの神は大地の神だ。自ら欲しいものがあれば、手を伸ばし掴み取れと教わった。
我が子を腹一杯食べさせたい。税を軽くしてほしい。それらの願いを叶えるため、戦ったのなら勲章だと考えた。そこまで割り切れないながらも、アンネリースの気持ちが軽くなる。
「我々が戦争を仕掛けるより、犠牲は少なく済んでいます。何より、今後は王族が国の運営を行うそうですよ」
ウルリヒは、とって付けたように情報を開示した。状況を正確に知った上で、王族と繋ぎを取る。暴動が起き鎮圧されることで、抑圧された民が暴走すると。予測しながら利用したウルリヒは、女王へ淡々と告げた。
「この程度で罪悪感を持つのなら、陛下の称号は返上なさるほうがいい。この後はさらに辛くなります」
女王として立ち、周辺国を従えて戦いをなくす。そう決めたのは自分だった。圧倒的な戦力差があっても、犠牲のない戦争はない。結果をわかっていながら、私は選んだのだ。綺麗事を並べても、掴んだ手を離さないくせに。
顔を上げたアンネリースの表情に、迷いの色はなかった。
「ウルリヒの言う通りだわ。迷う時間は、逆に犠牲を増やすでしょう」
残るアメシス王国が服従を誓ったとしても、燻る火種となって、後から火を噴く。ならば火種が残らぬよう処理するのが、正しい方策だ。傲慢に感じられようと、俯くのは執政者の振る舞いではない。
「参加者は到着しているの?」
他国の暴動の結果より、自国の行事を優先する。女王ならば当然のことだわ。確認するアンネリースへ、ウルリヒは満足そうに答えた。
「スフェーン王国は、先代王ご夫妻が参加予定で明日の到着と伺いました。アメシス王国は欠席、セレスタインからは三人の代理人が参ります。地図から消えたルベリウスは、不参加でしょうね」
「元ジャスパー帝国の貴族の一部が、ムンティア王国の支持を表明した。奴らの調査は一族で行う。スマラグドスは街中に散って、そのまま祭りに参加するぞ」
ルードルフからも状況説明が入ってくる。周辺地域の情報を頭の中で整理し、アンネリースは頷いた。
「ならば予定通りに結婚式を挙げます。ルードルフ、覚悟を決めなさい」
「はっ」
膝をついて頭を下げるルードルフに、アンネリースとウルリヒは顔を見合わせた。なんとなく理解していない気がする。ベッドで妻を抱く覚悟を、一生仕える覚悟に置き換えて理解しているのでは? まったく同じ懸念を抱いた二人は、手分けして猛将を追い込む算段を整えた。
包囲された将軍は、敗北を喫するのか。それとも?
165
お気に入りに追加
440
あなたにおすすめの小説
真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています
綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」
公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。
「お前のような真面目くさった女はいらない!」
ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。
リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。
夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。
心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。
禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。
望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。
仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。
しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。
これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。
兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります
毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。
侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。
家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。
友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。
「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」
挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。
ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。
「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」
兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。
ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。
王都で聖女が起こした騒動も知らずに……
美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます
今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。
アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて……
表紙 チルヲさん
出てくる料理は架空のものです
造語もあります11/9
参考にしている本
中世ヨーロッパの農村の生活
中世ヨーロッパを生きる
中世ヨーロッパの都市の生活
中世ヨーロッパの暮らし
中世ヨーロッパのレシピ
wikipediaなど
元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!
楠ノ木雫
恋愛
貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?
貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。
けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?
※他サイトにも投稿しています。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです
珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。
そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。
日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる