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本編

75.犠牲を恐れるには遅い

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 結婚式の二日前に、ルベリウス国の騒動を聞いた。民が暴動を起こし、その鎮圧に軍が乗り出し数十人が殺される。怒り狂った民は数の暴力で神殿を襲った。

 分かっていたのに止めなかった。アンネリースはその痛みを己の罪と考える。だがルードルフは違った。

「あいつらは自分の権利を掴み取っただけだ」

 何でもないことのようにそう答え、祝い事だと断定する。スマラグドスの神は大地の神だ。自ら欲しいものがあれば、手を伸ばし掴み取れと教わった。

 我が子を腹一杯食べさせたい。税を軽くしてほしい。それらの願いを叶えるため、戦ったのなら勲章だと考えた。そこまで割り切れないながらも、アンネリースの気持ちが軽くなる。

「我々が戦争を仕掛けるより、犠牲は少なく済んでいます。何より、今後は王族が国の運営を行うそうですよ」

 ウルリヒは、とって付けたように情報を開示した。状況を正確に知った上で、王族と繋ぎを取る。暴動が起き鎮圧されることで、抑圧された民が暴走すると。予測しながら利用したウルリヒは、女王へ淡々と告げた。

「この程度で罪悪感を持つのなら、陛下の称号は返上なさるほうがいい。この後はさらに辛くなります」

 女王として立ち、周辺国を従えて戦いをなくす。そう決めたのは自分だった。圧倒的な戦力差があっても、犠牲のない戦争はない。結果をわかっていながら、私は選んだのだ。綺麗事を並べても、掴んだ手を離さないくせに。

 顔を上げたアンネリースの表情に、迷いの色はなかった。

「ウルリヒの言う通りだわ。迷う時間は、逆に犠牲を増やすでしょう」

 残るアメシス王国が服従を誓ったとしても、燻る火種となって、後から火を噴く。ならば火種が残らぬよう処理するのが、正しい方策だ。傲慢に感じられようと、俯くのは執政者の振る舞いではない。

「参加者は到着しているの?」

 他国の暴動の結果より、自国の行事を優先する。女王ならば当然のことだわ。確認するアンネリースへ、ウルリヒは満足そうに答えた。

「スフェーン王国は、先代王ご夫妻が参加予定で明日の到着と伺いました。アメシス王国は欠席、セレスタインからは三人の代理人が参ります。地図から消えたルベリウスは、不参加でしょうね」

「元ジャスパー帝国の貴族の一部が、ムンティア王国の支持を表明した。奴らの調査は一族で行う。スマラグドスは街中に散って、そのまま祭りに参加するぞ」

 ルードルフからも状況説明が入ってくる。周辺地域の情報を頭の中で整理し、アンネリースは頷いた。

「ならば予定通りに結婚式を挙げます。ルードルフ、覚悟を決めなさい」

「はっ」

 膝をついて頭を下げるルードルフに、アンネリースとウルリヒは顔を見合わせた。なんとなく理解していない気がする。ベッドで妻を抱く覚悟を、一生仕える覚悟に置き換えて理解しているのでは? まったく同じ懸念を抱いた二人は、手分けして猛将を追い込む算段を整えた。

 包囲された将軍は、敗北を喫するのか。それとも?
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