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本編

72.花嫁は準備に余念がない

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 一つの国の歴史に終止符が打たれる少し前、アンネリースは真剣に悩んでいた。

「白と黒……」

「赤もございます」

「いえ、赤は上級者すぎるわ」

 進めてくれる侍女へ、首を横に振った。透けるレース素材は、肌の色を美しく見せてくれるはずだ。黒は妖艶で大人な感じに、白は純真な乙女の装いに。どちらも捨てがたい。

「陛下、白をお選びください」

 乳母のゲルダに懇願され、白を手に取る。でも黒にも未練があった。ところが彼女の説得はまだ続き、その内容ではっとする。

「白き乙女が、次に黒で装う。そのギャップが殿方を興奮させると聞きました。この乳母を信じて、白をお召しになりませんか」

「そうですわ、白で落としてから黒で悩殺です」

 侍女が追撃を繰り出す。驚いたまま固まったアンネリースも、ようやく覚悟が決まった。ひらひらした白いレース素材を手に取り、ぎゅっと握る。こくりと頷いた。これで重要な部分も決まったわ。

 アンネリースはさらに準備を進める。香油、肌を洗う石鹸の種類や香り、己を磨く道具を確認し、最後に目の前に用意したドレスを見つめる。

「あと、一ヶ月ね」

 その響きは、長いと嘆く声に聞こえた。試着を終えて最終段階に入ったドレスは、真珠や宝石を散りばめている。磨いた際に出る小さな宝石に穴を開け、ドレスに縫い付けるのだ。動くたびにきらきらと輝きが現れるドレスは、まだ仕上がりが半分程度だった。

 各国に結婚の通知を出すと宣言したら、ウルリヒに止められた。曰く、その時点で残っているのはスフェーンとアメシス、二つの王国だけ。ルベリウスに出すのは無駄だと。彼がこそこそ手を打っているのは、アンネリースも承知している。

 言い切るのなら間違い無いだろうと、二カ国にだけ招待状を出した。セレスタインは属国なので、招待状の形ではなく強制参加の命令になる。ムンティア王国の民も参加できるよう、祭りの形式を取り入れた。

 スマラグドスの民族衣装を着た花婿と、ムンパール伝統の花嫁衣装の女王。二人は神の御前で婚姻を宣言し、互いを尊重すると誓う。お祭りで盛り上がる街を、馬車で移動する予定だった。

 ただ、警護するスマラグドスを含め、花婿の要望で馬に横乗りに変更される。緊急時に逃げやすいって、何を心配しているのかしら。ウルリヒも賛成するので、二対一で押し負けてしまった。

 別に馬車に固執しないし、騎乗したら民からよく見えるかもしれない。自分を納得させたアンネリースは、急に衣装などが気になって再確認を始めた。白と黒で悩んでいたのは、初夜に纏う薄衣である。肌が透ける下着のような薄衣は、国の伝統だった。

 お父様達が生きておられたら、いまの私を見てどう思うかしら。幸せになれと背中を押してくれた? それとも、まだ結婚なんて早いと怒ったかも。くすっと笑ってしまう。

 ここで気づいた。あれほど嘆いた家族の死も、いまは痛みより温かな思い出になっている。きっと……これこそが女神様の慈悲なのだわ。手を組んで祈る女王の後ろで、乳母や侍女達も静かに祈りを捧げた。
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