72 / 114
本編
72.花嫁は準備に余念がない
しおりを挟む
一つの国の歴史に終止符が打たれる少し前、アンネリースは真剣に悩んでいた。
「白と黒……」
「赤もございます」
「いえ、赤は上級者すぎるわ」
進めてくれる侍女へ、首を横に振った。透けるレース素材は、肌の色を美しく見せてくれるはずだ。黒は妖艶で大人な感じに、白は純真な乙女の装いに。どちらも捨てがたい。
「陛下、白をお選びください」
乳母のゲルダに懇願され、白を手に取る。でも黒にも未練があった。ところが彼女の説得はまだ続き、その内容ではっとする。
「白き乙女が、次に黒で装う。そのギャップが殿方を興奮させると聞きました。この乳母を信じて、白をお召しになりませんか」
「そうですわ、白で落としてから黒で悩殺です」
侍女が追撃を繰り出す。驚いたまま固まったアンネリースも、ようやく覚悟が決まった。ひらひらした白いレース素材を手に取り、ぎゅっと握る。こくりと頷いた。これで重要な部分も決まったわ。
アンネリースはさらに準備を進める。香油、肌を洗う石鹸の種類や香り、己を磨く道具を確認し、最後に目の前に用意したドレスを見つめる。
「あと、一ヶ月ね」
その響きは、長いと嘆く声に聞こえた。試着を終えて最終段階に入ったドレスは、真珠や宝石を散りばめている。磨いた際に出る小さな宝石に穴を開け、ドレスに縫い付けるのだ。動くたびにきらきらと輝きが現れるドレスは、まだ仕上がりが半分程度だった。
各国に結婚の通知を出すと宣言したら、ウルリヒに止められた。曰く、その時点で残っているのはスフェーンとアメシス、二つの王国だけ。ルベリウスに出すのは無駄だと。彼がこそこそ手を打っているのは、アンネリースも承知している。
言い切るのなら間違い無いだろうと、二カ国にだけ招待状を出した。セレスタインは属国なので、招待状の形ではなく強制参加の命令になる。ムンティア王国の民も参加できるよう、祭りの形式を取り入れた。
スマラグドスの民族衣装を着た花婿と、ムンパール伝統の花嫁衣装の女王。二人は神の御前で婚姻を宣言し、互いを尊重すると誓う。お祭りで盛り上がる街を、馬車で移動する予定だった。
ただ、警護するスマラグドスを含め、花婿の要望で馬に横乗りに変更される。緊急時に逃げやすいって、何を心配しているのかしら。ウルリヒも賛成するので、二対一で押し負けてしまった。
別に馬車に固執しないし、騎乗したら民からよく見えるかもしれない。自分を納得させたアンネリースは、急に衣装などが気になって再確認を始めた。白と黒で悩んでいたのは、初夜に纏う薄衣である。肌が透ける下着のような薄衣は、国の伝統だった。
お父様達が生きておられたら、いまの私を見てどう思うかしら。幸せになれと背中を押してくれた? それとも、まだ結婚なんて早いと怒ったかも。くすっと笑ってしまう。
ここで気づいた。あれほど嘆いた家族の死も、いまは痛みより温かな思い出になっている。きっと……これこそが女神様の慈悲なのだわ。手を組んで祈る女王の後ろで、乳母や侍女達も静かに祈りを捧げた。
「白と黒……」
「赤もございます」
「いえ、赤は上級者すぎるわ」
進めてくれる侍女へ、首を横に振った。透けるレース素材は、肌の色を美しく見せてくれるはずだ。黒は妖艶で大人な感じに、白は純真な乙女の装いに。どちらも捨てがたい。
「陛下、白をお選びください」
乳母のゲルダに懇願され、白を手に取る。でも黒にも未練があった。ところが彼女の説得はまだ続き、その内容ではっとする。
「白き乙女が、次に黒で装う。そのギャップが殿方を興奮させると聞きました。この乳母を信じて、白をお召しになりませんか」
「そうですわ、白で落としてから黒で悩殺です」
侍女が追撃を繰り出す。驚いたまま固まったアンネリースも、ようやく覚悟が決まった。ひらひらした白いレース素材を手に取り、ぎゅっと握る。こくりと頷いた。これで重要な部分も決まったわ。
アンネリースはさらに準備を進める。香油、肌を洗う石鹸の種類や香り、己を磨く道具を確認し、最後に目の前に用意したドレスを見つめる。
「あと、一ヶ月ね」
その響きは、長いと嘆く声に聞こえた。試着を終えて最終段階に入ったドレスは、真珠や宝石を散りばめている。磨いた際に出る小さな宝石に穴を開け、ドレスに縫い付けるのだ。動くたびにきらきらと輝きが現れるドレスは、まだ仕上がりが半分程度だった。
各国に結婚の通知を出すと宣言したら、ウルリヒに止められた。曰く、その時点で残っているのはスフェーンとアメシス、二つの王国だけ。ルベリウスに出すのは無駄だと。彼がこそこそ手を打っているのは、アンネリースも承知している。
言い切るのなら間違い無いだろうと、二カ国にだけ招待状を出した。セレスタインは属国なので、招待状の形ではなく強制参加の命令になる。ムンティア王国の民も参加できるよう、祭りの形式を取り入れた。
スマラグドスの民族衣装を着た花婿と、ムンパール伝統の花嫁衣装の女王。二人は神の御前で婚姻を宣言し、互いを尊重すると誓う。お祭りで盛り上がる街を、馬車で移動する予定だった。
ただ、警護するスマラグドスを含め、花婿の要望で馬に横乗りに変更される。緊急時に逃げやすいって、何を心配しているのかしら。ウルリヒも賛成するので、二対一で押し負けてしまった。
別に馬車に固執しないし、騎乗したら民からよく見えるかもしれない。自分を納得させたアンネリースは、急に衣装などが気になって再確認を始めた。白と黒で悩んでいたのは、初夜に纏う薄衣である。肌が透ける下着のような薄衣は、国の伝統だった。
お父様達が生きておられたら、いまの私を見てどう思うかしら。幸せになれと背中を押してくれた? それとも、まだ結婚なんて早いと怒ったかも。くすっと笑ってしまう。
ここで気づいた。あれほど嘆いた家族の死も、いまは痛みより温かな思い出になっている。きっと……これこそが女神様の慈悲なのだわ。手を組んで祈る女王の後ろで、乳母や侍女達も静かに祈りを捧げた。
176
お気に入りに追加
431
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
私をもう愛していないなら。
水垣するめ
恋愛
その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。
空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。
私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。
街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。
見知った女性と一緒に。
私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。
「え?」
思わず私は声をあげた。
なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。
二人に接点は無いはずだ。
会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。
それが、何故?
ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。
結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。
私の胸の内に不安が湧いてくる。
(駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)
その瞬間。
二人は手を繋いで。
キスをした。
「──」
言葉にならない声が漏れた。
胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。
──アイクは浮気していた。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる