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68.お告げは現実を上書きする

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 ルベリウス国は「聖王国」を自称している。唯一無二の絶対神を信仰する国民は、神殿をその代理人として崇めてきた。ここに王国としての破綻が見られる。国の頂点は政を司る王でなければならない。もし民主制を取り入れるなら、国民議会がこれに相当するだろう。

 神そのものが顕現し、国を治めた事例もあった。ジャスパー帝国の初代皇帝はオブシディアンの祀る、黒き男神だ。少なくとも歴史書ではそう伝わっていた。神の名はオブシウス――美しさと鋭さを併せ持つ、ナイフのような神だ。

 彼の神は女神パールの夫という説がある。少数民族が祀る神も含めれば、数十の神々が認識されていた。その中で、他の神々を否定する信仰を持つのは、ルベリウスのみ。

「ここまでお告げの通りになると、少し怖いですね」

 ジャスパー帝国の元皇帝ウルリヒは、黒き男神を崇めるオブシディアンである。かつて夢に現れ神託を残した神の声を信じた。艶やかな黒髪と黒い瞳、褐色の肌を見間違う筈はない。何より、オブシディアンが最も嫌うのは「恥」だった。

 己を奉る信者の夢に現れたのに、その願いを無視される。そんな辱めを、大切な主神に与えるわけにいかない。解釈を間違ったなら、彼の神は再び夢に現れたはずだ。帝位を捨て、国を守る責任を放棄しても、ウルリヒは神に従う道を選んだ。

 人によって評価の別れる選択だが、後悔していない。自分の器量が頂点に立つより、サポート向きだと理解できた。同時に最高の主君と友人もいる。何一つ失っていない。

 膝を突いて、首を垂れる。黒き男神に祈りを捧げ、加護を願った。身を起こしたウルリヒの表情は、いつもより柔らかい。

「まずはルードルフ、それからカミルが戻ってきたはず」

 二人を上手に動かし、護衛となったアーベル親子も活用しなくては。手駒は以前より減ったが、一つの駒の強さは数倍になった。フル活用すれば負ける理由がない。すたすたと歩きだした彼は、廊下でカミルと擦れ違った。

 しまったと顔に書いて俯くカミルは、書類を盾にしてさらに顔を隠す。だがすでに遅かった。にやりと笑ったウルリヒが足を止める。すすすと壁に背を擦って、逃げようと試みる男の進行方向に足を出した。がつんとぶつかった靴に、下品な罵りが零れる。カミルは慌てて取り繕った。

「あ、お……久しぶり……」

「久しぶりですね。約束よりのんびり休んできたようです」

「いやいやいや、滅茶苦茶襲われましたよ! 死にかけました」

 指を折って、一回二回と数えるが無視された。

「でも死んでいません。スマラグドス一族の名に恥じぬ戦いで、勝ったのでしょう? まさか負けたなんてこと、ないですよね」

 嫌な問い方をされ、カミルは苦虫を噛み潰したような顔で呻いた。もし肯定すれば「勝ったなら問題ない」と流されるし、負けて逃げたと嘘をついてルードルフに「情けない」と舌打ちされるのも御免だ。いろいろ秤にかけて迷った末、素直に白状した。

「まあ、勝ちましたけどね」

「きっと勇猛な戦いぶりだったでしょう。負け知らずの副団長殿にしか任せられない、重要な仕事があるのですが」

 もうこうなったら、毒だろうと飲んでやる。どうせ逃げられないのだ。機嫌よく廊下を歩くウルリヒの後ろを、とぼとぼと項垂れて歩くカミルが侍女に目撃された。
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