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本編

65.夫についていく決意

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 スフェーン王国の先代王エアハルトは、着々と準備を進める孫の姿に額を押さえた。あれは絶対に忘れているだろう。隣で妻のコンスタンツェも、苦笑いしている。

「あなた、注意してあげたほうがいいのではなくて?」

「譲位したばかりだぞ。口を出せば、ギルベルトが軽んじられる」

 臣下の手前、簡単に忠告もできない。唸る夫に、からからと明るく笑う妻は解決方法を提示した。

「私、少し疲れたので寝込むことにしますね。孫の見舞いがあれば元気になると思うわ」

 孫に王城を譲り、隠居した先代夫婦は別邸に住んでいる。ここまで足を運ばせる手段を、元王妃はあっさり生み出した。もしエアハルトが呼び出せば、周囲が勘繰る。ギルベルトの元へ足を運んでも、探られるだろう。

 手紙などは危険も増す。その内容が、戦に関わるものでなければ……手紙で用が足りたのだが。いそいそと呼びつける手筈を整える夫に、コンスタンツェは微笑んで自室へ引き上げた。

 かつて休暇を過ごすために滞在した別邸は、立派な温室がある。上から温室が見える部屋が、彼女の部屋だった。

「今日は散歩に行く約束だっただろう」

 いそいそと妻を迎えに来たエアハルトに、コンスタンツェは首を横に振った。

「言ったでしょう、あなた。私は具合が悪くなったのよ」

 芝居はどこかから漏れないよう、完璧に行うべきだわ。そう諭され、エアハルトは驚いた。国王の気遣いとは違う、貴族女性独特の社会は常に見られている意識を持つこと。女性の観察眼は鋭く、細かな部分まで探られる。

 衣装一つ、宝飾品一つ。すべてが足を取られる原因になった。全体を俯瞰して駒を動かす国王と、細部まで気遣って操る王妃では、役割がまったく違う。互いに補い合うから、二人で国を支えてこられた。

「ならば、わしは心配で妻に付き添う夫になるか」

「あら、歳をとって気が弱くなったと笑われますよ」

 ころころと笑いながらコンスタンツェはからかう。エアハルトは肩を竦めて、妻のベッド脇に座った。

「構わんさ、もう隠居したんだ。妻を最優先にする夫になろう」

 驚いて目を見開くコンスタンツェの脳裏を過ったのは、結婚前の確認だった。これから結婚式を行う控え室で、彼はこう切り出した。王たるもの、常に国を優先する。お前はその後になるが、ついて来てくれるか。

 当然だと思い、承諾した。若かったのもあり、深く考えなかったのだ。結婚後、様々な決断の場面で、夫エアハルトは国を優先した。少し寂しく思いながら、コンスタンツェは彼を支える。

 あの時の誓いを、もう違えてもいいのだと。これからはお前を最優先すると言ってくれた。頬を伝う涙を、皺の増えた夫の手が拭う。困ったような顔で、何度も何度も。その温もりを感じながら、コンスタンツェは窓の外へ目を向けた。

 この人について来てよかった。私の選択は間違っていなかったわ。夫婦の絆を深める時間は、孫のギルベルトが到着するまで穏やかに流れた。
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