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本編

58.聖戦の宣言がなされた

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 牢の罪人すべてが、錯乱して使い物にならない。報告書を前に、アンネリースは眉間を押さえた。歳をとる前に皺だらけになりそうだわ。

「ウルリヒ、なぜ事前報告をしないの」

「大変失礼いたしました。ですが、これは宰相の職責の範囲内です」

 一国の王へ、犯罪予備軍の処置をいちいちお伺いを立てる臣下は無能だ。その言い分もわかる。でも、いきなり廃人を量産されるのも困る。アンネリースの物言いたげな視線に、ウルリヒはにっこりと笑顔を返した。

「彼らはパレードの妨害を画策して、実行しようとしました。もちろん、私が事前に防ぎましたので……先に褒美をください」

 言葉の内容は正しいのに、なぜか頷いたら負けのような気がした。捻くれまくった男に、美女は指摘する。

「報告がないから、褒美と罰が帳消しよ」

「罰が重すぎるのでは?」

「そうね、だったら褒美をあげるわ」

 妨害を阻止した褒美と、勝手に罪人を処断した罰。確かに釣り合わないと、アンネリースも納得した。手招きしたルードルフへ命じる。

「ウルリヒと仲が良かったでしょう? 彼の心配が絶えないと思うの。護衛をつけたら、どうかしら」

「仰せのままに」

「……それは罰ではありませんか」

 妻の言いなりの夫は、頭の中で候補者を選抜する。項垂れて文句を言うウルリヒだが、その表情は苦笑い程度だった。アンネリースの判断力を、好ましく思っているようだ。内容は別にしても。

「あの親子を付けてやろう」

「こき使える部下をもらったと思うことにします」

 以前、ジャスパー帝国脱出時に迎えに来た親子に決めた。ルードルフの判断に、察していたウルリヒはあっさり受け入れる。監視も兼ねているの、そう脅すアンネリースだが、ウルリヒには通用しない。

「陛下は私をまだご理解いただけていないようですね」

 あなたの周囲こそ、注意した方が良いのでは? やり返され、女王は溜め息を吐いた。彼に勝てるのはまだ先になりそうだ。それでも手足として動いてくれるのだから、有難いのだろう。

「ルベリウスが武器をかき集めているそうだ」

 入った情報を、ルードルフが一つ提示する。二つ目をアンネリースが口にした。

「国民に非常召集が掛かったと聞いているわ」

 最後の情報は、ウルリヒが公開した。

「ルベリウス国が聖戦を宣言しました」

 唯一神を掲げる彼らにとって、女神パールや黒き男神オブシディアンは敵対勢力だ。神を騙る者を成敗せよ、と神殿が声を上げたらしい。王侯貴族にこの流れを止める力はなかった。

「戦う道を選ぶなんて、愚かね」

 アンネリースは長いまつ毛を伏せて、悲しそうな表情を作る。

「攻めてくるなら、遠慮は無用だな」

 にやりと笑うルードルフは、勝利しか見ていない。実際、スマラグドスが勝つだろう。冷静に判断しながら、ウルリヒは手入れの行き届いた庭を眺めた。

「滅びるなら、盛大に散ったらいいでしょう。我々に神罰が下るそうですよ。名も語れぬ唯一神とやらがいるなら、ですが」

 とても口にできない言葉が神殿内で飛び交っている。耳と心を汚す悍ましい欲望を、女王の耳に入れる気はなかった。ウルリヒは報告を握り潰すが、そっと友人にだけ明かす。彼の闘争心は、これ以上なく掻き立てられた。
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