上 下
47 / 114
本編

47.唯一神は絶対か

しおりを挟む
「久しぶりに楽しめそうです」

 食後のお茶を断り、執務室へ引き上げたウルリヒは、楽しそうに口角を上げた。

 手元の書類は、さきほど女王に報告した内容が並ぶ。弱者と強者の対比、国内で起きている騒動、改善を試みて動く者、他国の富を狙う聖職者達。ゾッとするような内容も含まれていた。

 聖王国を名乗るルベリウスの弱者は、当然ながら虐げられる民衆を示す。ただ、彼らに虐げられている自覚がないのが、最大の問題点だった。このままムンティア王国が救いの手を差し伸べても、異教徒だからと跳ね除けられる。下手すれば、唯一神への侮辱行為と勘違いされる可能性もあった。

「唯一神? 祀られた神様が、きちんと存在すれば良いですね」

 各国に潜入する手先となる者から入った情報は、様々な方面に及ぶ。物価や政治情勢、治安はもちろん宗教、嗜好、風習に至るまで。様々な分野の情報が集められてきた。そこに変化や異常があれば、緊急案件として持ち込まれる。今回のように。

 ルベリウスの民が貧しいのは、いつものことだった。税として徴収されるのは、稼いだ額の半分以上。生活がぎりぎりで、貯蓄などない。天災で少しでも収穫量が落ちれば、餓死者が出る有様だった。

 聖職者は贅沢を極め、王侯貴族ですら他国の豪商レベルの生活を余儀なくされる。すべての金銭が神殿に集中し、余る食材を浪費するのが神官達だ。彼らの不正を民に知らせるには、どうすればいいか。

「簡単なことです。誰でも考え付く程度の、けれど実行が難しい策を用いるとしましょう」

 指示書を数枚作成し、呼び鈴で侍従達へ合図を送る。ジャスパー帝国が消えても、ウルリヒが作り上げた仕組みは生きていた。持たせた指示書は、数日で関係者に届く。作戦開の合図は五日後、月が消える夜の暗闇だった。

 民が神殿に従う理由は、唯一神を信仰しているから。だが、その信仰が揺らいだら? 絶対的な妄信を壊すのに、オブシディアンの黒き男神以上に相応しい存在はいない。

 ウルリヒは膝をつき、窓に向かって祈りを捧げる。猛き神として有名だが、公明正大で慈悲深い神だった。麗しのパール女神より、今回の案件では向いている。祈りを捧げる信徒に、黒き男神は応じるのか。

 ウルリヒは応じなくても構わないと考える。なぜなら、所詮は人の世の出来事だからだ。神々が協力してくれたら、よりスムーズに犠牲なく進められるだろう。もし助けがなくとも破綻しないよう、ウルリヒは策を準備するだけだった。

「そういえば、カミルは到着したでしょうかね」

 天井裏に潜む敵に聞こえるよう、少し心配そうな声を作る。囮にする気は無かったが、今の状況なら留守の彼を利用するのも手だ。本人に内緒で護衛はつけてあった。

 わずかに感じる頭上の変化に、ウルリヒは気づかないフリで新たな書類を引き寄せた。納税に関する決め事をさらりと読み、日付の下に署名を施す。次は新しく定めた国境線の書類だった。こちらは一時保留、下から別の書類を取り出して署名した。

 頭上の気配が消えて、やっと手を止める。背もたれのクッションに寄りかかり、天井を見上げた。

「ここまでお膳立てしたのですから、上手に動いてくださいね」
しおりを挟む
感想 144

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...