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本編
29.狙われる前に対策を
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届いた手紙に目を通し、アンネリースは頬を緩めた。
「おじ様が来るわ。歓迎しなくてはね」
隣で果物の皮を剥いていたルードルフが「おじ様?」と怪訝そうな呟きを漏らす。
「ええ、そう呼んでいるの。スフェーンの国王陛下よ。引退するので、遊びに来ると書いてあるわ」
剥き終えた果実を切り分け、器用に飾り切りまで施したルードルフが、盛った皿を差し出す。受け取った乳母が最初に一口齧り、アンネリースは渡された皿を見つめた。毒見をしたのだと理解すると同時に、眉を寄せる。
「ゲルダ、彼の差し出す物はそのまま渡してちょうだい」
「ですが、女王陛下となられるお方が毒見なしでは」
何かあったら取り返しがつかない。大切にお育てした姫君であり、女神様の化身なのだ。乳母ゲルダはそう信じていた。女神様の予言の御子は、パール様の代理人を意味する。麗しく気高いアンネリースへの心酔が、さらに深まっていた。
「夫が妻を殺すわけがない。そうよね?」
「俺自身の命を差し出すことはあっても、アンネリース様は主君であり妻だ。絶対に守る」
言い切ったルードルフの顔をじっくり眺め、乳母は渋々といった態度で頷いた。
「スフェーンが代替わりするなら、セレスタインの動きに注意ですね。こちらをご覧ください」
休憩時間にしようと言い出したくせに、自らは書類整理を続けたウルリヒが口を挟む。地図ではなく箇条書きにされた文章だった。目を通すアンネリースの表情が強張った。
「人って、どこまでも貪欲なのね」
「ええ、ですから理想が必要なのです。夢を叶える象徴として、あなたは理想を体現する義務があります」
大陸の平和を掲げて統一を謳うなら、その覚悟が必要だ。突きつけられた条件を、アンネリースは静かに受け止めた。
ウルリヒが提示したのは、セレスタインが密かに動いている情報だ。不安定な国が二つ、両方とも接している。どちらから攻め込むか、その選択でスフェーンに傾く理由が記されていた。
今回の会談で、スフェーンはムンティアの味方をした。それは他の三カ国視点で、裏切りに等しい。柔らかな鶏肉があるのに、四頭の犬のうち一頭が反対したことで食べ損ねた。そんな印象だろう。
そこへ来てスフェーンの譲位で揺らげば、仕返しも兼ねて襲い掛かる。スマラグドスの猛将の情報を外交官が持ち帰ったことで、さらにスフェーンへの侵略が現実味を帯びた。まずスフェーンを呑み込み、国力を底上げしてからムンティアを攻める。
反対側に位置する二つの国も賛同するだろう、と。醜い欲を押し出しての皮算用だった。ウルリヒの説明を聞くまでもなく、アンネリースは察して溜め息を吐く。自国の平和と領土を守ることを疎かにし、目先の欲で戦争を起こそうだなんて。
愚かさに言葉が出なかった。
「スフェーンと手を組む。異存はありませんね」
念押しする確認に、美女はただ微笑んだ。同意の言葉は不要だ。配下であるウルリヒはすでに察しており、武人ルードルフも承諾しているのだから。
「ちょうどよかったわ、おじ様と相談しましょう」
数日のちに訪問があることを告げ、客人をもてなすと宣言する。ゼノと侍女が慌ただしく準備を始め、スマラグドスの屋敷は華やかさを増した。
「おじ様が来るわ。歓迎しなくてはね」
隣で果物の皮を剥いていたルードルフが「おじ様?」と怪訝そうな呟きを漏らす。
「ええ、そう呼んでいるの。スフェーンの国王陛下よ。引退するので、遊びに来ると書いてあるわ」
剥き終えた果実を切り分け、器用に飾り切りまで施したルードルフが、盛った皿を差し出す。受け取った乳母が最初に一口齧り、アンネリースは渡された皿を見つめた。毒見をしたのだと理解すると同時に、眉を寄せる。
「ゲルダ、彼の差し出す物はそのまま渡してちょうだい」
「ですが、女王陛下となられるお方が毒見なしでは」
何かあったら取り返しがつかない。大切にお育てした姫君であり、女神様の化身なのだ。乳母ゲルダはそう信じていた。女神様の予言の御子は、パール様の代理人を意味する。麗しく気高いアンネリースへの心酔が、さらに深まっていた。
「夫が妻を殺すわけがない。そうよね?」
「俺自身の命を差し出すことはあっても、アンネリース様は主君であり妻だ。絶対に守る」
言い切ったルードルフの顔をじっくり眺め、乳母は渋々といった態度で頷いた。
「スフェーンが代替わりするなら、セレスタインの動きに注意ですね。こちらをご覧ください」
休憩時間にしようと言い出したくせに、自らは書類整理を続けたウルリヒが口を挟む。地図ではなく箇条書きにされた文章だった。目を通すアンネリースの表情が強張った。
「人って、どこまでも貪欲なのね」
「ええ、ですから理想が必要なのです。夢を叶える象徴として、あなたは理想を体現する義務があります」
大陸の平和を掲げて統一を謳うなら、その覚悟が必要だ。突きつけられた条件を、アンネリースは静かに受け止めた。
ウルリヒが提示したのは、セレスタインが密かに動いている情報だ。不安定な国が二つ、両方とも接している。どちらから攻め込むか、その選択でスフェーンに傾く理由が記されていた。
今回の会談で、スフェーンはムンティアの味方をした。それは他の三カ国視点で、裏切りに等しい。柔らかな鶏肉があるのに、四頭の犬のうち一頭が反対したことで食べ損ねた。そんな印象だろう。
そこへ来てスフェーンの譲位で揺らげば、仕返しも兼ねて襲い掛かる。スマラグドスの猛将の情報を外交官が持ち帰ったことで、さらにスフェーンへの侵略が現実味を帯びた。まずスフェーンを呑み込み、国力を底上げしてからムンティアを攻める。
反対側に位置する二つの国も賛同するだろう、と。醜い欲を押し出しての皮算用だった。ウルリヒの説明を聞くまでもなく、アンネリースは察して溜め息を吐く。自国の平和と領土を守ることを疎かにし、目先の欲で戦争を起こそうだなんて。
愚かさに言葉が出なかった。
「スフェーンと手を組む。異存はありませんね」
念押しする確認に、美女はただ微笑んだ。同意の言葉は不要だ。配下であるウルリヒはすでに察しており、武人ルードルフも承諾しているのだから。
「ちょうどよかったわ、おじ様と相談しましょう」
数日のちに訪問があることを告げ、客人をもてなすと宣言する。ゼノと侍女が慌ただしく準備を始め、スマラグドスの屋敷は華やかさを増した。
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