上 下
25 / 114
本編

25.私達が一つだと誰が決めたの

しおりを挟む
 そんな案は到底承服しかねる。納得できない。我が国と戦を起こす所存か。身勝手な言葉を連ねる男達に、アンネリースは穏やかな声でぴしゃりと釘を刺した。

「あら、だって……この程度の使者を寄越したんですもの。この会談の内容を重視していないのでしょう?」

 言葉の裏に「だから私もあなた達を重視しない」と滲ませた。四カ国の内で、一番大きな領土を持つのはセレスタイン国だ。砂漠を有するため、生産性は低い。その点で秀でているのはアメシス王国である。豊かな農耕地が広がる平地は、大河の恵みに支えられていた。

 ルベリウス国の「聖王国」の名称は自分達が名乗っているだけで、周辺国は認めていない。女神パールを信仰するムンパールやジェイドとは違う。だがジャスパー帝国のオブシディアンの黒き男神も信仰しない、特殊な宗教が存在した。

 処女受胎した聖母の子を崇める聖教徒だ。唯一神の子リスカを宿した聖母を含めたルベリウスの信仰は、狂信的だった。異教徒をすべて排除する政策を取っている。故に別の宗教を持つ他国と衝突し、宗教戦争を何度も引き起こしてきた。

 女神信仰もオブシディアンも、多神教で他の神々の存在を否定しない。ただ崇める神を特定しているだけの話だった。ルベリウス国だけが他の神々を否定し、拒絶する。戦争にまで発展する理由がここにあった。だが、今回は領土拡大という利益のために協力体制を取るらしい。

 スフェーン国を除く三つの国は、互いの権利を主張し合う。その声を一刀両断したアンネリースに、非難の声や侮辱の言葉が飛んできた。

「女のくせに、なんという強欲な!」

「地獄に堕ちますぞ!!」

 女神パールの宗教に、地獄の概念はない。聖王国の発言に、ウルリヒが口元を押さえた。笑みを隠す所作だが、隠しきれていない。嘲笑うような視線で、使者マイヤーハイム子爵を見やる。女のくせにと発言したアメシス王国のシュタイナー伯爵は、顔を強張らせていた。

 男尊女卑の傾向が強いアメシス王国では当然の発言だが、ここは女王が支配する領域だ。頂点に立つアンネリースへの暴言を、猛将ルードルフが許すはずがなかった。睨みつける厳つい将軍の怒りを真正面から受け、シュタイナー伯爵は「いや、言葉のあやで」と誤魔化し始める。

「我が国はこれでも構いません」

 今まで黙っていたスフェーン王国のザイフリート侯爵は、穏やかに賛成を投じた。ウルリヒが修正した案では新領地は少し削られることになるが、川に沿って分かりやすい分配となる。その上、管理がしやすい利点もあった。量より質、今後の付き合いの先まで見通す判断だ。

「では、多数決で決めよう」

 セレスタイン国のクレンゲル子爵の発言に、ウルリヒがにやりと笑った。三対二で勝てると思っている。その愚かさを嘲笑いながら、彼は三カ国の使者が驚くような発言を口にした。

「構いません。ジャスパー帝国の代表は私が勤め、スマラグドスの長としてルードルフ殿に参加していただくとして」

「いやいや、滅びた国とただの一部族では」

 慌ててシュタイナー伯爵が修正を図る。が、外交手腕ではウルリヒの方が一枚上手だった。

「滅びた国ですか。私は解散を命じただけで、滅ぼしたつもりはありません。それと……スマラグドスも立派な国主ですよ」

 旧ムンパール国だったムンティア王国の領地を示し、隣接するスマラグドスに丸をして国だと表記する。地図の上のやり取りとはいえ、否定するための材料を使者達は持たなかった。
しおりを挟む
感想 144

あなたにおすすめの小説

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです! 12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。  両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪  ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/07/06……完結 2024/06/29……本編完結 2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位 2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位 2024/04/01……連載開始

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...