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本編
22.侮られるのは承知の上です
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作戦会議を行うために用意された客間は、アンネリースの私室のすぐ近くにある。敷かれた分厚い絨毯に直接座るのがスマラグドスの慣習と知り、アンネリースは抵抗なく受け入れた。今も絨毯に座っている。
旧ジャスパー帝国の領土分割案は、アンネリースの名で各国へ届けられた。滅ぼされた国の若き王女、帝国で誰かに下賜された噂は広まっている。元王女が、何をしようというのか。
海に面した豊かな国ムンパールの真珠と呼ばれた、美しい外見は力にならない。娶られ愛でられる姫としてなら、どの国も手を差し伸べるだろう。目の上のコブであったジャスパー帝国が崩壊する兆しを見せる中、各国は少しでも多く領土を得ようと動いた。
ただ美しいだけの人形に、予定する領土を奪われたり、主導権を与えたりする理由はない。アメシス王国、ルベリウス、セレスタイン国の三カ国は返事さえしなかった。まだ国名もない集団の女王を名乗る亡国の美女、そう判断したのだ。ある意味、正しい選択だった。
「わかりきった対応をするのは、愚者の証です」
慣れた傲慢な口調を変えたウルリヒは、丁寧な言い方で毒を吐いた。性格は変わらないようだ。苦笑いするルードルフは、考えながら案を絞り出した。
「ウルリヒの名を出したらどうだ?」
「ダメよ」
「ダメです」
アンネリースとウルリヒ、まさかの二人同時に反対された。びっくりして口を噤んだルードルフは、小首を傾げる。彼女の肩書きがなくて侮られるなら、無視できない人物が後見に入ればいい。その意見の何に問題があるのか。
「もしウルリヒが元皇帝陛下の名を使ったら、私を認める国はなくなるわ」
「アンネリース様の仰る通りです。元皇帝の傀儡と思われるでしょう。それはルードルフも不本意なのでは?」
なるほどと納得したものの、ウルリヒの言葉遣いがむず痒い。元に戻してくれるよう頼むと、からりと明るく笑って拒否された。
「私は今後、アンネリース様の側近として生きていきます。従者が皇帝の話し方をしたらおかしいでしょう」
「ならば、俺も直すのか?」
私とか僕など、使ったことがない。ルードルフの発言に、アンネリースは首を横に振った。
「やめて。逆に怖いわ」
想像してしまったじゃないの。そう言われると、なんとも複雑な気持ちになる。このままでいいのは助かるが、俺が丁寧に話すと怖いのか。肩を落とした友人の背を、ウルリヒはぽんと軽く叩いた。
「落ち込んでいる暇はありません。一カ国だけ、我らが主君に敬意を表した国があります」
持参した地図を、ウルリヒは向かい合う中央に広げた。スマラグドスは帝国の飛地を挟んで、ムンパールと繋がる。細長い領地の両側に二カ国ずつ接地しており、行き止まりは海。反対側を山脈に阻まれる。
山脈は、スマラグドスの所有する土地が食い込んでいた。山脈の向こうまで購入予定だったらしい。両側に四カ国ある国のうち、スフェーン王国だけが会談の申し入れを受諾した。
「ここは……お祖母様の国だわ」
ムンパールとも領地を接するスフェーン王国は、小国ながら歴史の古い国だ。アンネリースの祖母が生まれ育った国であり、血縁の繋がるアンネリースを支持すると決断した。周辺国と対立しようが曲げない決意を感じる。
「では会談日を設定し、周知させます。その後、残る三カ国も参加せざるを得ない状況に追い込むとしましょうか」
にやりと笑ったウルリヒは、楽しそうに地図の国々を指でなぞった。おそらく、各国の王は寒気に襲われるか、盛大なくしゃみをしたであろう。
旧ジャスパー帝国の領土分割案は、アンネリースの名で各国へ届けられた。滅ぼされた国の若き王女、帝国で誰かに下賜された噂は広まっている。元王女が、何をしようというのか。
海に面した豊かな国ムンパールの真珠と呼ばれた、美しい外見は力にならない。娶られ愛でられる姫としてなら、どの国も手を差し伸べるだろう。目の上のコブであったジャスパー帝国が崩壊する兆しを見せる中、各国は少しでも多く領土を得ようと動いた。
ただ美しいだけの人形に、予定する領土を奪われたり、主導権を与えたりする理由はない。アメシス王国、ルベリウス、セレスタイン国の三カ国は返事さえしなかった。まだ国名もない集団の女王を名乗る亡国の美女、そう判断したのだ。ある意味、正しい選択だった。
「わかりきった対応をするのは、愚者の証です」
慣れた傲慢な口調を変えたウルリヒは、丁寧な言い方で毒を吐いた。性格は変わらないようだ。苦笑いするルードルフは、考えながら案を絞り出した。
「ウルリヒの名を出したらどうだ?」
「ダメよ」
「ダメです」
アンネリースとウルリヒ、まさかの二人同時に反対された。びっくりして口を噤んだルードルフは、小首を傾げる。彼女の肩書きがなくて侮られるなら、無視できない人物が後見に入ればいい。その意見の何に問題があるのか。
「もしウルリヒが元皇帝陛下の名を使ったら、私を認める国はなくなるわ」
「アンネリース様の仰る通りです。元皇帝の傀儡と思われるでしょう。それはルードルフも不本意なのでは?」
なるほどと納得したものの、ウルリヒの言葉遣いがむず痒い。元に戻してくれるよう頼むと、からりと明るく笑って拒否された。
「私は今後、アンネリース様の側近として生きていきます。従者が皇帝の話し方をしたらおかしいでしょう」
「ならば、俺も直すのか?」
私とか僕など、使ったことがない。ルードルフの発言に、アンネリースは首を横に振った。
「やめて。逆に怖いわ」
想像してしまったじゃないの。そう言われると、なんとも複雑な気持ちになる。このままでいいのは助かるが、俺が丁寧に話すと怖いのか。肩を落とした友人の背を、ウルリヒはぽんと軽く叩いた。
「落ち込んでいる暇はありません。一カ国だけ、我らが主君に敬意を表した国があります」
持参した地図を、ウルリヒは向かい合う中央に広げた。スマラグドスは帝国の飛地を挟んで、ムンパールと繋がる。細長い領地の両側に二カ国ずつ接地しており、行き止まりは海。反対側を山脈に阻まれる。
山脈は、スマラグドスの所有する土地が食い込んでいた。山脈の向こうまで購入予定だったらしい。両側に四カ国ある国のうち、スフェーン王国だけが会談の申し入れを受諾した。
「ここは……お祖母様の国だわ」
ムンパールとも領地を接するスフェーン王国は、小国ながら歴史の古い国だ。アンネリースの祖母が生まれ育った国であり、血縁の繋がるアンネリースを支持すると決断した。周辺国と対立しようが曲げない決意を感じる。
「では会談日を設定し、周知させます。その後、残る三カ国も参加せざるを得ない状況に追い込むとしましょうか」
にやりと笑ったウルリヒは、楽しそうに地図の国々を指でなぞった。おそらく、各国の王は寒気に襲われるか、盛大なくしゃみをしたであろう。
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