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19.崩壊の足音が聞こえる

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 ジャスパー帝国の帝位を簒奪したウルリヒ・アーブラハム・ファーベルク。皇帝の家名であるホーエンローエを与えられなかった、所詮は偽者だ。

 ウルリヒの従兄であるプロイス公爵は、ようやく回ってきた玉座に座った。強大なジャスパー帝国は、これから自らの手足となるのだ。広大な領地と属国、多くの戦力と臣民、何より膨大な税収が手に入る。誰にも頭を下げずに済む権力を得た。

 プロイスの家名をホーエンローエに書き換え、己の名を変更した。マヌエル・フォン・ホーエンローエ、響きに満足して頬を緩める。他者には共有できない幸せを享受する彼は、まだ気づいていなかった。

 玉座を空けたウルリヒが、何も手を打っていないわけがない。お喋り宮廷雀に他国への伝達を任せ、属国へ解散を告げる通知を出した。つまり、周辺国は知っているのだ。ジャスパー帝国の新しい皇帝を宣言しようが、亡国の王と名乗るも同然。まったく価値はなかった。

 いっそ、マヌエルが帝位を簒奪したのなら、話はまるで違ったはずだ。存在する国のトップが入れ替わる話になる。この違いを理解できない程度の男だから、帝位の簒奪ができなかったのだ。やらないのではなく、手が出せなかった。

 本気で玉座を守ろうとしないウルリヒに、簡単に封じられる程度の実力しか持たない男だ。すり寄る貴族を優遇し、爵位をめちゃくちゃに組み直す。賄賂を贈った者に領地を分け与え、身を投げ出す女達と寝室に篭った。

 じわじわと崩壊する足元に気付かぬまま、彼は砂の城の王を気取る。情報を元に着々と軍備を整え、謀略に長けた皇帝が消えるまで。周辺国は爪を研ぎ、牙を磨きながら待った。その結果が、マヌエルを襲うのは時間の問題である。






「というわけで、まもなくジャスパー帝国が崩れる。その前に手を打とう」

 会議と称してルードルフを連れたウルリヒが現れ、アンネリースは眉を寄せる。お茶の時間を邪魔されたが、話の内容は興味深かった。強大な一枚岩のようだった帝国が、そんなに簡単に崩れるのか。

 アンネリースは甚だ疑問だった。素直に口に出せば、ウルリヒは根拠を示し始める。叔父が呑み込んだ国を、一つずつ復興したこと。彼らに軍備の増強を指示し、いつでも動けるよう鍛えたこと。何より、爵位を乱発した貴族社会が崩壊し、まともな貴族は逃げ出すこと。

 説明されれば納得できる。考え込むアンネリースに、ウルリヒは二つの道を提案した。

「帝国の財産や領土が無事なうちに呑み込むか、周辺国が食い散らかすのを待って交渉するか」

「どちらもごめんだわ」

 アンネリースは別の考えを口にした。

「周辺国に使者を出して、帝国をバラバラに分割します」

 ほぉ……と感心したような声で頷くウルリヒは満足げだ。試されたのだと判断し、アンネリースは付け加えた。

「ムンパール国は絶対に譲らない。これが最低条件よ」

「アンネリース様がそれを望むなら、なんとしても叶える」

 髭に手で触れながら、ルードルフは了承を伝えた。ウルリヒも同意し、建国の宣言より早く戦が決まる。ここからは時間との勝負だ。大急ぎで部屋を辞す二人を見送り、アンネリースは大きく深い息を吐いた。

 これからも、こんなやりとりと判断が続くのなら……補佐役が必要だわ。ウルリヒと真逆で裏のない、私に忠実な部下が。
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