6 / 114
本編
06.真珠姫を将軍に下賜する
しおりを挟む
皇帝陛下が待っている。その想いだけで、ルードルフは謁見の広間へ向かった。途中で気づいたカミルが合図を送るが、気づかない。そのまま、中へ入ってしまった。
「うわぁ、着替えさせるの忘れた」
頭を抱えて呻くも、手遅れである。カミルは両手を合わせて「頼みます」と陛下に後を任せた。カミル自身は祈る神を持たないが、気持ちはそれに近い。自分が恥をかくことには頓着しない主君だが、姫が辛い思いをしたら……自分のこと以上に嘆くだろう。
最後の最後で味方になるのは、皇帝陛下だけ。カミルは信仰に似た気持ちで、主君が望みを叶えることを願った。
大広間の天井は、びっしりと絵画や装飾で埋め尽くされる。その華麗にして荘厳な雰囲気は、パール女神を祀る神殿に似ている、とアンネリースは感じた。通された客を圧倒し、萎縮させる。その意味において、美しい天井や壁は見事に役割を果たした。
「我が主君たる皇帝陛下のご要望に従い、ムンパール国のアンネリース王女を献上いたします」
「ご苦労だった。ルードルフ」
ちらりと視線を向けたものの、皇帝ウルリヒはまず友で配下の将軍を労う。それからアンネリースに視線を合わせた。真珠の肌をもつ美貌の姫、前評判通りの美女は優雅に頭を下げる。それは王族としての挨拶ではなく、上位者へ敬意を示すものだった。
「真珠姫をこちらへ」
「そうだ。蛮族が手を触れて良い女ではないぞ」
貴族の間からルードルフを貶す言葉が聞こえる。ウルリヒは表情を変えなかった。不快だと示すこともせず、ただ彼らを黙らせる命令を放つ。
「今回の戦争に関し、功績に応じた褒美を与えるとしよう。アンネリース王女を、スマラグドス将軍へ下賜する」
突然の発言に、ざわりと貴族が揺れた。ムンパールの国民は温厚で大人しい。だが皇帝の統制が効いた支配が、奴隷制度を許さなかった。だから褒賞として望めるものは少ない。王宮は焼けてしまい、女神の神殿に手を出すことは禁じられた。残るは美貌の姫や領土くらいだ。
「皇帝陛下、早計では……」
「我が自慢の将軍以上に手柄を立てたと申すのであれば、名乗り出るがよい」
公平に査定してやる。そう言われたら、誰もが黙り込む。ジャスパー帝国の貴族は、危険な先鋒をルードルフに押し付けた。美しい王宮が焼け落ちたのは、略奪に走る貴族に反発したムンパール側の抵抗だった。その話はすでに皇帝ウルリヒの耳に入っている。
報告は当事者だけではなく、随行させた数名の情報員から受ける。平民、貴族、騎士……様々な立場の報告から、ルードルフが受ける侮蔑や差別を感じ取っていた。何度改善を試みても直そうとしない。そんな貴族の無駄な自尊心とプライドに辟易していた。
重ねて、ようやくルードルフが女性に興味を示したのだ。副長として補佐するカミルからの伝令で、ウルリヒは「よし!」と拳を握った。ルードルフを見ても泣かない女性、美しく地位も教養もあり、彼を支えられる芯の強さがある。
彼女を下賜する形になるが、本心では逆だった。王女に惚れた友人の幸せを願う。無骨で、努力家で、実力は最上級だ。しかし不器用で損ばかりのルードルフを助けてほしかった。ようやく相応しい女性を見つけた。
皇帝ウルリヒは淡々と他の褒賞も決めると、さっさと立ち上がる。
「ルードルフ、王女は共に来い」
納得できないと騒ぐ貴族を放置し、ウルリヒは広間を後にした。
「うわぁ、着替えさせるの忘れた」
頭を抱えて呻くも、手遅れである。カミルは両手を合わせて「頼みます」と陛下に後を任せた。カミル自身は祈る神を持たないが、気持ちはそれに近い。自分が恥をかくことには頓着しない主君だが、姫が辛い思いをしたら……自分のこと以上に嘆くだろう。
最後の最後で味方になるのは、皇帝陛下だけ。カミルは信仰に似た気持ちで、主君が望みを叶えることを願った。
大広間の天井は、びっしりと絵画や装飾で埋め尽くされる。その華麗にして荘厳な雰囲気は、パール女神を祀る神殿に似ている、とアンネリースは感じた。通された客を圧倒し、萎縮させる。その意味において、美しい天井や壁は見事に役割を果たした。
「我が主君たる皇帝陛下のご要望に従い、ムンパール国のアンネリース王女を献上いたします」
「ご苦労だった。ルードルフ」
ちらりと視線を向けたものの、皇帝ウルリヒはまず友で配下の将軍を労う。それからアンネリースに視線を合わせた。真珠の肌をもつ美貌の姫、前評判通りの美女は優雅に頭を下げる。それは王族としての挨拶ではなく、上位者へ敬意を示すものだった。
「真珠姫をこちらへ」
「そうだ。蛮族が手を触れて良い女ではないぞ」
貴族の間からルードルフを貶す言葉が聞こえる。ウルリヒは表情を変えなかった。不快だと示すこともせず、ただ彼らを黙らせる命令を放つ。
「今回の戦争に関し、功績に応じた褒美を与えるとしよう。アンネリース王女を、スマラグドス将軍へ下賜する」
突然の発言に、ざわりと貴族が揺れた。ムンパールの国民は温厚で大人しい。だが皇帝の統制が効いた支配が、奴隷制度を許さなかった。だから褒賞として望めるものは少ない。王宮は焼けてしまい、女神の神殿に手を出すことは禁じられた。残るは美貌の姫や領土くらいだ。
「皇帝陛下、早計では……」
「我が自慢の将軍以上に手柄を立てたと申すのであれば、名乗り出るがよい」
公平に査定してやる。そう言われたら、誰もが黙り込む。ジャスパー帝国の貴族は、危険な先鋒をルードルフに押し付けた。美しい王宮が焼け落ちたのは、略奪に走る貴族に反発したムンパール側の抵抗だった。その話はすでに皇帝ウルリヒの耳に入っている。
報告は当事者だけではなく、随行させた数名の情報員から受ける。平民、貴族、騎士……様々な立場の報告から、ルードルフが受ける侮蔑や差別を感じ取っていた。何度改善を試みても直そうとしない。そんな貴族の無駄な自尊心とプライドに辟易していた。
重ねて、ようやくルードルフが女性に興味を示したのだ。副長として補佐するカミルからの伝令で、ウルリヒは「よし!」と拳を握った。ルードルフを見ても泣かない女性、美しく地位も教養もあり、彼を支えられる芯の強さがある。
彼女を下賜する形になるが、本心では逆だった。王女に惚れた友人の幸せを願う。無骨で、努力家で、実力は最上級だ。しかし不器用で損ばかりのルードルフを助けてほしかった。ようやく相応しい女性を見つけた。
皇帝ウルリヒは淡々と他の褒賞も決めると、さっさと立ち上がる。
「ルードルフ、王女は共に来い」
納得できないと騒ぐ貴族を放置し、ウルリヒは広間を後にした。
82
お気に入りに追加
448
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる