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第三章

88.答えなんて、どこにもないのに

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 ヴラゴの声が紡ぐ話は、オレの中で消化しきれずに回っていた。聞いた内容は分かるが、理解や吸収を拒む感情が受け付けない。

「だって」

 掠れた声が溢れる。だって、そんな話……誰も教えてくれなかった。違う、そうじゃない。言えなかったんだ。オレと親しい奴ほど、躊躇いは強いだろう。見送ったフェンリルのカインとアベルは知ってた。だから説明をヴラゴに託したのか。

「信じたくなくても、真実だ」

 現実はいつも残酷よ。そう告げたリリィの言葉が蘇った。なるほど、確かにリリィはオレに嘘を吐けない。こんな真実があったなら、誤魔化して口を閉ざした理由もわかる。

「……感謝して使えと、言われたんだ」

 魔力量が豊富なことに浮かれたオレへ、リリィは淡々と告げた。その魔力を使うときは感謝しなさい、と。感謝する相手を教えなかったのは、それが残酷すぎるからだ。

「そうか」

 ヴラゴの声に頷いた。

 ずっとヒントは示されていた。この世界の理の外にいるオレが、魔力を持っているのはおかしい。なぜなら前にいた日本で、オレに魔力なんてなかった。あの世界にそんな概念はない。知らずに持っていたと仮定しても、オレの状況は異常だった。

 魔族も人間も、己の内側に魔力を保有する。魔族は体内に魔石という臓器を持ち溜めるが、それも上限が決まっていた。人間は魔石を体内に持たないから、魔力量が少ない。この法則に当てはめるなら、オレの魔力量は魔石を持っていなければ、説明がつかなかった。だがそんな臓器はない。

 頭の上にある砂時計の砂が落ちるように、使った分は常に補充された。それはすなわち、オレの体に溜められる魔力が少ない証明だ。わずかな魔力を満たした器が空になり、外から補充される。異世界人だからと納得したが、おかしな理論だった。

 魔力を外から補充するには、他人の魔石を使うのが常識だ。ならば、魔石を持ち歩かないオレに補充される魔力は、どこから来たのか。答えはひとつだった。

 ――日本があった世界から、だ。

 召喚に使われた魔力がオレの家族や友人の生命力なら、今まで大盤振る舞いした魔力は……誰の命だった? 震える拳で地面を叩いた。

 あなたに帰れる場所はないんだもの。そう告げたのはリリィだ。出会ったあの日、そう言われた。その意味をもっと深く確認するべきだったのに、オレは手一杯で聞き逃した。

「もう、魔法は……使えない」

 無造作に振るった魔力は、日本の誰かの命だった。オレが召喚されて身近な人が消費されたのは知ってる。だが日本全体が消滅してたなんて、考えもしなかった。オレを知らない人の生命力を、何も知らずに消費し続けるなんて。

「悪魔の所業だ」

 怒りと嫌悪と憎悪。さまざまな黒い感情が目の奥を熱くする。だが涙を流す権利なんてない。オレに、死んだ人々を悼む権利も嘆く資格もなかった。あるのは……他人の命を勝手にすり潰した罪悪感だけ。

「好きにするがよい。だが覚えておけ。使わなくてもその魔力が生命に戻ることはない。変換された者らの怒りや悲しみを晴らすのは、お前以外の誰も出来ぬ」

 使い切ってしまえ。故郷の人々の復讐に、力をそのまま敵に叩きつけてやれ。そう言われた気がした。同族を殺されたヴラゴなら、そうするのか。

 ヴラゴはそれ以上、オレに答えを求めない。リリィと同等か、それ以上に厳しいヴラゴの前で、オレはじっと動かずに考え込んでいた。答えなんて、どこにもないのに。
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