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第一章
51.最低限の人数で逃げ込んだらしい
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じめじめと湿った石段を下りる。前を歩いた奴の誰かが滑ったらしく、ところどころぬめりが取れていた。光がほとんど入らないせいで、苔などの植物は見当たらない。足音に驚いて逃げる音がするのは、虫か。
つんと鼻先に独特な臭いが届いた。にやりと笑って身を屈める。頭上で何かを振る音がした。
「仕留めたか?」
「お待ちください。手ごたえがなく……」
「灯りを付けろ」
「なりません! 陛下」
焦る主君を諫める部下、ご苦労なこった。しゃがんだまま短剣を抜いて、暗闇に目を凝らした。ぼんやりと見える人影がごそごそと動く。
「そうだぞ、陛下。こんなところで火なんかつけたら居場所がバレる」
オレの声に焦った人影が蝋燭に火をともした。折角忠告してやったのに、まったく聞いていない馬鹿め。蝋燭の頼りない灯りが照らす人影を数えた。3つ、蝋燭を持つ男は国王ではない。特権階級は自ら蝋燭の燭台を持ったりしないものだ。
側近だろう。それに護衛と国王自身。最低限の人数で逃げ込んだらしい。大勢が動けば、それだけ痕跡が残るから当然だが……。
「みっともねえ真似するなよ、一国の王だろうが」
吐き捨てたオレは、蝋燭を持つ男を後回しにして隣の人影に襲い掛かる。だが火の動きで察知した護衛が間に飛び込んだ。さきほど火をつけるなと警告した人物だ。騎士団長あたりの肩書きを持ってそうだな。背のマントがひらりと揺れた。
「貴様っ、魔族か!?」
「おや? もう忘れたのか、たった5年程度だろ」
笑いながら蝋燭の光がかかる位置まで踏み出す。光の奥にいる国王は怪訝そうな顔をするが、護衛の男は息を飲んだ。
「……勇者っ!」
「正解。元がつくけどな」
足払いを掛けて、マントの裾を短剣で壁に縫い留めた。転がりかけた体が不自然に引っ張られ、蝋燭を持つ男を巻き込んで倒れる。じゅっと音を立てて、蝋燭の火が消えた。再び訪れた暗闇で、オレは目を凝らす。先ほど鼻をついた臭いが再び漂ってきた。側近の呻く声を護衛が押さえたのだろう。もごもごと苦しそうな声が静かになる。
火が消える直前に目を閉じて慣らした目は、ぼんやりと人影を捉えていた。動かずにいるのは息をひそめているからか。収納から取り出した剣は、鞘だけを中へ残す。抜き身の剣を腰の位置で構え、黒い人影に突き立てた。
「ぐあぁあああああ!」
苦しそうな声に慌てた護衛が火をつけ、蝋燭が再び灯る。オレが全体重を掛けて突き立てた剣の柄から、ぽたりと血が滴った。でっぷりと肥えた腹を剣で壁に固定された国王は、見覚えのある顔を苦痛に歪ませる。
「へ、陛下……」
がらんと剣が落ちる音がする。ぱちんと指を鳴らし、魔法で光を灯す。蝋燭より広範囲が照らされた石段の通路は、赤く血で汚れていた。国王の体から力が抜けるたび、鋭い刃が身を裂く。己の体重で傷を広げる男を無視して、オレは次の敵に備えるため身構えた。
「陛下が討たれたのであれば、我が命は不要だ」
「いい覚悟だけど、そんな簡単に投げ出せる安い命なんだな。地獄で国民によく謝れ」
「うわぁあああ! 死にたくないっ! 嫌だ、くそっ、死ね」
蝋燭を放り出し、護衛の剣を拾った側近が大きく振りかぶった。ああ、コイツ……宰相じゃん。だからか、実戦経験のないことが一目瞭然だった。
つんと鼻先に独特な臭いが届いた。にやりと笑って身を屈める。頭上で何かを振る音がした。
「仕留めたか?」
「お待ちください。手ごたえがなく……」
「灯りを付けろ」
「なりません! 陛下」
焦る主君を諫める部下、ご苦労なこった。しゃがんだまま短剣を抜いて、暗闇に目を凝らした。ぼんやりと見える人影がごそごそと動く。
「そうだぞ、陛下。こんなところで火なんかつけたら居場所がバレる」
オレの声に焦った人影が蝋燭に火をともした。折角忠告してやったのに、まったく聞いていない馬鹿め。蝋燭の頼りない灯りが照らす人影を数えた。3つ、蝋燭を持つ男は国王ではない。特権階級は自ら蝋燭の燭台を持ったりしないものだ。
側近だろう。それに護衛と国王自身。最低限の人数で逃げ込んだらしい。大勢が動けば、それだけ痕跡が残るから当然だが……。
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吐き捨てたオレは、蝋燭を持つ男を後回しにして隣の人影に襲い掛かる。だが火の動きで察知した護衛が間に飛び込んだ。さきほど火をつけるなと警告した人物だ。騎士団長あたりの肩書きを持ってそうだな。背のマントがひらりと揺れた。
「貴様っ、魔族か!?」
「おや? もう忘れたのか、たった5年程度だろ」
笑いながら蝋燭の光がかかる位置まで踏み出す。光の奥にいる国王は怪訝そうな顔をするが、護衛の男は息を飲んだ。
「……勇者っ!」
「正解。元がつくけどな」
足払いを掛けて、マントの裾を短剣で壁に縫い留めた。転がりかけた体が不自然に引っ張られ、蝋燭を持つ男を巻き込んで倒れる。じゅっと音を立てて、蝋燭の火が消えた。再び訪れた暗闇で、オレは目を凝らす。先ほど鼻をついた臭いが再び漂ってきた。側近の呻く声を護衛が押さえたのだろう。もごもごと苦しそうな声が静かになる。
火が消える直前に目を閉じて慣らした目は、ぼんやりと人影を捉えていた。動かずにいるのは息をひそめているからか。収納から取り出した剣は、鞘だけを中へ残す。抜き身の剣を腰の位置で構え、黒い人影に突き立てた。
「ぐあぁあああああ!」
苦しそうな声に慌てた護衛が火をつけ、蝋燭が再び灯る。オレが全体重を掛けて突き立てた剣の柄から、ぽたりと血が滴った。でっぷりと肥えた腹を剣で壁に固定された国王は、見覚えのある顔を苦痛に歪ませる。
「へ、陛下……」
がらんと剣が落ちる音がする。ぱちんと指を鳴らし、魔法で光を灯す。蝋燭より広範囲が照らされた石段の通路は、赤く血で汚れていた。国王の体から力が抜けるたび、鋭い刃が身を裂く。己の体重で傷を広げる男を無視して、オレは次の敵に備えるため身構えた。
「陛下が討たれたのであれば、我が命は不要だ」
「いい覚悟だけど、そんな簡単に投げ出せる安い命なんだな。地獄で国民によく謝れ」
「うわぁあああ! 死にたくないっ! 嫌だ、くそっ、死ね」
蝋燭を放り出し、護衛の剣を拾った側近が大きく振りかぶった。ああ、コイツ……宰相じゃん。だからか、実戦経験のないことが一目瞭然だった。
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