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88.最後までお供いたします
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義母とその子どもが辿るだろう悲惨な運命を聞いても、私の気持ちは揺るがなかった。冷たい女なのかしらね。そう呟いたら、アンネは首を横に振った。私が受けた仕打ちは想像出来るから、自業自得と言い切る。
「ありがとう、アンネは優しいのね」
「お優しいのは侯爵様です。私は旦那様の決断も、侯爵様のお気持ちも支持します」
エルマは今日、休暇を取っている。自室の窓から入る風が心地よかった。もうかなり暖かい季節ね。前世のこの時期は、膨らんだ腹を撫でながら誕生を指折り数えていたわ。誰もいない、膨らみのない平らな腹を撫でた。
「お寂しいですか?」
短く尋ねられ、私も短く返した。
「そうね」
アンネはその答えを静かに受け止めた。侍女だけど友人で、私にとって大切な仲間のアンネとお茶を楽しむ。もう前世に囚われない。これからは幸せを見据えて生きてくんですもの。復讐は終わり。
妹は余計な言葉で、ヴィルの怒りを買った。私を使用人のように扱った彼女を、呪術で縛って使用人以下に貶める。彼らしいやり方だった。与えられた屈辱は、倍以上にして返す。アルブレヒツベルガー大公家が怖れられる所以の一つですもの。
「結婚式の日取りが決まったのよ」
暗くなった話題を変えようと、私は明るい口調で話し始めた。真夏の太陽を思わせる私の赤毛に合わせ、夏に結婚式をするの。裾と胸元に黒銀で刺繍された白い絹のドレスよ。ヴェールは白で、やはり銀糸の刺繍が入るわ。打ち合わせの時に貰ったドレスの絵を見せた。
「まぁ、素敵です。侯爵様の赤い髪に黒と銀は似合います。つまり旦那様は侯爵様のお隣に立つには、最高のお色なのでは?」
「あら、褒めても給与は上がらないわよ」
笑いながら、これからの未来を考える。いつか二人の間に子どもが出来たら、その子にエーレンフリートと名付けたい。失ったあの子の代わりに、私の手で同じ名前の子を育てたかった。でもヴィルは嫌がるかしら。
「侯爵様、難しいお顔をなさっておいでですが……私は聞きません。ですから、旦那様にご相談なさってください」
何かを察したように、アンネは一歩引いた。その態度が突き放したように感じられなくて、逆に見守られた温もりを感じる。擽ったい不思議な気持ちに胸を押さえた。
「ええ、そうね。ヴィルに相談するわ」
「旦那様もお喜びになります。ですが結婚なされば、本邸へ移動でしょうか」
その話は聞いている。
「それが……領地の本邸は王都から遠いの。ロッテ様が嫌だと仰って。この別邸を建て直すそうよ。社交シーズンが終われば、本邸に戻って生活するわ」
社交の時期は王都に留まり、それ以外のシーズンは領地に戻る。一般的な大貴族のあり方と同じだった。ただヴィルは今まで領地に篭っていて、呼び出さないと王都へ顔を見せなかったとか。ヴィルらしいエピソードね。ふふっと笑いが漏れる。
「侯爵様がお幸せになることが一番でございます。私は最後までお供いたします」
その言葉に、突然胸が詰まった。じわりと浮かんだ涙を、瞬きで誤魔化す。そうよ、あなたは本当に最後まで私に付き添ってくれた。今生もそう言ってくれるのね。堪えた涙は、窓から入り込んだ風が攫うように乾かしていった。
「ありがとう、アンネは優しいのね」
「お優しいのは侯爵様です。私は旦那様の決断も、侯爵様のお気持ちも支持します」
エルマは今日、休暇を取っている。自室の窓から入る風が心地よかった。もうかなり暖かい季節ね。前世のこの時期は、膨らんだ腹を撫でながら誕生を指折り数えていたわ。誰もいない、膨らみのない平らな腹を撫でた。
「お寂しいですか?」
短く尋ねられ、私も短く返した。
「そうね」
アンネはその答えを静かに受け止めた。侍女だけど友人で、私にとって大切な仲間のアンネとお茶を楽しむ。もう前世に囚われない。これからは幸せを見据えて生きてくんですもの。復讐は終わり。
妹は余計な言葉で、ヴィルの怒りを買った。私を使用人のように扱った彼女を、呪術で縛って使用人以下に貶める。彼らしいやり方だった。与えられた屈辱は、倍以上にして返す。アルブレヒツベルガー大公家が怖れられる所以の一つですもの。
「結婚式の日取りが決まったのよ」
暗くなった話題を変えようと、私は明るい口調で話し始めた。真夏の太陽を思わせる私の赤毛に合わせ、夏に結婚式をするの。裾と胸元に黒銀で刺繍された白い絹のドレスよ。ヴェールは白で、やはり銀糸の刺繍が入るわ。打ち合わせの時に貰ったドレスの絵を見せた。
「まぁ、素敵です。侯爵様の赤い髪に黒と銀は似合います。つまり旦那様は侯爵様のお隣に立つには、最高のお色なのでは?」
「あら、褒めても給与は上がらないわよ」
笑いながら、これからの未来を考える。いつか二人の間に子どもが出来たら、その子にエーレンフリートと名付けたい。失ったあの子の代わりに、私の手で同じ名前の子を育てたかった。でもヴィルは嫌がるかしら。
「侯爵様、難しいお顔をなさっておいでですが……私は聞きません。ですから、旦那様にご相談なさってください」
何かを察したように、アンネは一歩引いた。その態度が突き放したように感じられなくて、逆に見守られた温もりを感じる。擽ったい不思議な気持ちに胸を押さえた。
「ええ、そうね。ヴィルに相談するわ」
「旦那様もお喜びになります。ですが結婚なされば、本邸へ移動でしょうか」
その話は聞いている。
「それが……領地の本邸は王都から遠いの。ロッテ様が嫌だと仰って。この別邸を建て直すそうよ。社交シーズンが終われば、本邸に戻って生活するわ」
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「侯爵様がお幸せになることが一番でございます。私は最後までお供いたします」
その言葉に、突然胸が詰まった。じわりと浮かんだ涙を、瞬きで誤魔化す。そうよ、あなたは本当に最後まで私に付き添ってくれた。今生もそう言ってくれるのね。堪えた涙は、窓から入り込んだ風が攫うように乾かしていった。
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