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60.あの日の記憶が蘇る――SIDEヴィル
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巻き戻した3回をすべて覚えている人間は、僕だけだろう。前回の罪を今回問うことが正しいのか。まだ起きていない罪に罰を与えるように見えるだろう。だが構わない。批判を気にする体面はないし、口うるさい貴族共を黙らせる権力はこの手にあった。
侍女アンネと手を繋いだローザを見送り、寝室ではなく執務室へ向かった。部屋に入ると、執事ベルントが上着を預かる。首元のボタンを外し、飾り物をすべて取り払った。深呼吸して執務机の前に座る。
「報告書でございます」
「ご苦労」
受け取った紙束は厚かった。目を通す間に、ベルントはお茶を淹れ始める。慣れた香りとかすかな物音……部屋の中は暖かく居心地がよかった。報告書に書かれた内容とは対照的だ。時間をかけた分だけ、昔まで遡って調査された内容は、あまりに酷かった。
貴族令嬢としてはもちろん、平民の娘でもここまで虐げられることはない。母親が死ぬまではマシだったが、それでも父親の愛情は与えられなかった。母が亡くなると同時に現れた義母と弟妹。浮気どころではなく乗っ取りだ。
兄や姉がいなかったのは幸いかと思えば、単に知り合った時期の問題らしい。もっと早く愛人である今の妻と出会っていたら、兄姉がいた可能性が高い。それほど公然と囲っていた。
かつての侯爵に仕えた忠誠心の厚い者から追い出し、辞めさせていく。味方のいない少女に、家を守ることは不可能だった。祖父が病で動けない状況も重なり、財産も権利も取り上げられる。この頃のローザの悔しさは、順当に家を継いだ僕には想像もつかない。
家の端に追いやられ、食事も服もろくに与えられなかった。この辺りは流し読みして伏せる。後でじっくり読んで断罪の材料にするが、今はリヒテンシュタイン公爵家の部分が気になった。
調査は前世まで遡れるわけではない。ただ、前世でも僕は調査をさせていた。愛する女性の死の真相を知りたくて、最初に調査させた結果は今も思い出せる。
ローザを貶めたのは、まず使用人だった。公爵家に仕える使用人ではあるが、子爵家以下の貴族出身者が多い。持参金もなく持ち物も見窄らしい奥様など、彼らは認めなかった。侍女の一人も連れていない。そんな女は貴族ではないとさえ考えた。
見下した状態で彼女のアラを探すから、何をしても気に食わない。評価は下がり続けた。だがレオナルドがいた頃は、ぎりぎり持ち堪えていたのだろう。彼が領地の騒動を収めに行って、数ヶ月も経つと……態度に現れ始めた。
公爵夫人に相応しくないと判断した執事の態度に、侍女達も同様の振る舞いを見せる。輪をかけて酷くなったのは、レオナルドの従姉妹ユリアーナが来てからだった。縁戚の伯爵令嬢だったユリアーナは、レオナルドに惚れていたらしい。幼い頃から結婚するのだと公言してきた。
突然横から現れた女に奪われた、そう考えたのだろう。侍女や執事に笑われるローザの腹が膨らんでいたのも怒りに油を注いだ。結果、女として一番辛い死に方をさせたのだ。我が子を取り上げられ、会うことも名づけることも出来ぬまま。ローザは息を引き取った。これが僕が彼女の時間を巻き戻すキッカケとなる。
過去を思い出したせいで止まった手を、再び報告書へ戻す。ことりと音を立てて置かれた紅茶に気づいた。わざと気づかせたベルントは「失礼しました」と一礼する。休憩しろと促す執事に頷き、僕は紅茶のカップを引き寄せた。
侍女アンネと手を繋いだローザを見送り、寝室ではなく執務室へ向かった。部屋に入ると、執事ベルントが上着を預かる。首元のボタンを外し、飾り物をすべて取り払った。深呼吸して執務机の前に座る。
「報告書でございます」
「ご苦労」
受け取った紙束は厚かった。目を通す間に、ベルントはお茶を淹れ始める。慣れた香りとかすかな物音……部屋の中は暖かく居心地がよかった。報告書に書かれた内容とは対照的だ。時間をかけた分だけ、昔まで遡って調査された内容は、あまりに酷かった。
貴族令嬢としてはもちろん、平民の娘でもここまで虐げられることはない。母親が死ぬまではマシだったが、それでも父親の愛情は与えられなかった。母が亡くなると同時に現れた義母と弟妹。浮気どころではなく乗っ取りだ。
兄や姉がいなかったのは幸いかと思えば、単に知り合った時期の問題らしい。もっと早く愛人である今の妻と出会っていたら、兄姉がいた可能性が高い。それほど公然と囲っていた。
かつての侯爵に仕えた忠誠心の厚い者から追い出し、辞めさせていく。味方のいない少女に、家を守ることは不可能だった。祖父が病で動けない状況も重なり、財産も権利も取り上げられる。この頃のローザの悔しさは、順当に家を継いだ僕には想像もつかない。
家の端に追いやられ、食事も服もろくに与えられなかった。この辺りは流し読みして伏せる。後でじっくり読んで断罪の材料にするが、今はリヒテンシュタイン公爵家の部分が気になった。
調査は前世まで遡れるわけではない。ただ、前世でも僕は調査をさせていた。愛する女性の死の真相を知りたくて、最初に調査させた結果は今も思い出せる。
ローザを貶めたのは、まず使用人だった。公爵家に仕える使用人ではあるが、子爵家以下の貴族出身者が多い。持参金もなく持ち物も見窄らしい奥様など、彼らは認めなかった。侍女の一人も連れていない。そんな女は貴族ではないとさえ考えた。
見下した状態で彼女のアラを探すから、何をしても気に食わない。評価は下がり続けた。だがレオナルドがいた頃は、ぎりぎり持ち堪えていたのだろう。彼が領地の騒動を収めに行って、数ヶ月も経つと……態度に現れ始めた。
公爵夫人に相応しくないと判断した執事の態度に、侍女達も同様の振る舞いを見せる。輪をかけて酷くなったのは、レオナルドの従姉妹ユリアーナが来てからだった。縁戚の伯爵令嬢だったユリアーナは、レオナルドに惚れていたらしい。幼い頃から結婚するのだと公言してきた。
突然横から現れた女に奪われた、そう考えたのだろう。侍女や執事に笑われるローザの腹が膨らんでいたのも怒りに油を注いだ。結果、女として一番辛い死に方をさせたのだ。我が子を取り上げられ、会うことも名づけることも出来ぬまま。ローザは息を引き取った。これが僕が彼女の時間を巻き戻すキッカケとなる。
過去を思い出したせいで止まった手を、再び報告書へ戻す。ことりと音を立てて置かれた紅茶に気づいた。わざと気づかせたベルントは「失礼しました」と一礼する。休憩しろと促す執事に頷き、僕は紅茶のカップを引き寄せた。
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