61 / 112
60.あの日の記憶が蘇る――SIDEヴィル
しおりを挟む
巻き戻した3回をすべて覚えている人間は、僕だけだろう。前回の罪を今回問うことが正しいのか。まだ起きていない罪に罰を与えるように見えるだろう。だが構わない。批判を気にする体面はないし、口うるさい貴族共を黙らせる権力はこの手にあった。
侍女アンネと手を繋いだローザを見送り、寝室ではなく執務室へ向かった。部屋に入ると、執事ベルントが上着を預かる。首元のボタンを外し、飾り物をすべて取り払った。深呼吸して執務机の前に座る。
「報告書でございます」
「ご苦労」
受け取った紙束は厚かった。目を通す間に、ベルントはお茶を淹れ始める。慣れた香りとかすかな物音……部屋の中は暖かく居心地がよかった。報告書に書かれた内容とは対照的だ。時間をかけた分だけ、昔まで遡って調査された内容は、あまりに酷かった。
貴族令嬢としてはもちろん、平民の娘でもここまで虐げられることはない。母親が死ぬまではマシだったが、それでも父親の愛情は与えられなかった。母が亡くなると同時に現れた義母と弟妹。浮気どころではなく乗っ取りだ。
兄や姉がいなかったのは幸いかと思えば、単に知り合った時期の問題らしい。もっと早く愛人である今の妻と出会っていたら、兄姉がいた可能性が高い。それほど公然と囲っていた。
かつての侯爵に仕えた忠誠心の厚い者から追い出し、辞めさせていく。味方のいない少女に、家を守ることは不可能だった。祖父が病で動けない状況も重なり、財産も権利も取り上げられる。この頃のローザの悔しさは、順当に家を継いだ僕には想像もつかない。
家の端に追いやられ、食事も服もろくに与えられなかった。この辺りは流し読みして伏せる。後でじっくり読んで断罪の材料にするが、今はリヒテンシュタイン公爵家の部分が気になった。
調査は前世まで遡れるわけではない。ただ、前世でも僕は調査をさせていた。愛する女性の死の真相を知りたくて、最初に調査させた結果は今も思い出せる。
ローザを貶めたのは、まず使用人だった。公爵家に仕える使用人ではあるが、子爵家以下の貴族出身者が多い。持参金もなく持ち物も見窄らしい奥様など、彼らは認めなかった。侍女の一人も連れていない。そんな女は貴族ではないとさえ考えた。
見下した状態で彼女のアラを探すから、何をしても気に食わない。評価は下がり続けた。だがレオナルドがいた頃は、ぎりぎり持ち堪えていたのだろう。彼が領地の騒動を収めに行って、数ヶ月も経つと……態度に現れ始めた。
公爵夫人に相応しくないと判断した執事の態度に、侍女達も同様の振る舞いを見せる。輪をかけて酷くなったのは、レオナルドの従姉妹ユリアーナが来てからだった。縁戚の伯爵令嬢だったユリアーナは、レオナルドに惚れていたらしい。幼い頃から結婚するのだと公言してきた。
突然横から現れた女に奪われた、そう考えたのだろう。侍女や執事に笑われるローザの腹が膨らんでいたのも怒りに油を注いだ。結果、女として一番辛い死に方をさせたのだ。我が子を取り上げられ、会うことも名づけることも出来ぬまま。ローザは息を引き取った。これが僕が彼女の時間を巻き戻すキッカケとなる。
過去を思い出したせいで止まった手を、再び報告書へ戻す。ことりと音を立てて置かれた紅茶に気づいた。わざと気づかせたベルントは「失礼しました」と一礼する。休憩しろと促す執事に頷き、僕は紅茶のカップを引き寄せた。
侍女アンネと手を繋いだローザを見送り、寝室ではなく執務室へ向かった。部屋に入ると、執事ベルントが上着を預かる。首元のボタンを外し、飾り物をすべて取り払った。深呼吸して執務机の前に座る。
「報告書でございます」
「ご苦労」
受け取った紙束は厚かった。目を通す間に、ベルントはお茶を淹れ始める。慣れた香りとかすかな物音……部屋の中は暖かく居心地がよかった。報告書に書かれた内容とは対照的だ。時間をかけた分だけ、昔まで遡って調査された内容は、あまりに酷かった。
貴族令嬢としてはもちろん、平民の娘でもここまで虐げられることはない。母親が死ぬまではマシだったが、それでも父親の愛情は与えられなかった。母が亡くなると同時に現れた義母と弟妹。浮気どころではなく乗っ取りだ。
兄や姉がいなかったのは幸いかと思えば、単に知り合った時期の問題らしい。もっと早く愛人である今の妻と出会っていたら、兄姉がいた可能性が高い。それほど公然と囲っていた。
かつての侯爵に仕えた忠誠心の厚い者から追い出し、辞めさせていく。味方のいない少女に、家を守ることは不可能だった。祖父が病で動けない状況も重なり、財産も権利も取り上げられる。この頃のローザの悔しさは、順当に家を継いだ僕には想像もつかない。
家の端に追いやられ、食事も服もろくに与えられなかった。この辺りは流し読みして伏せる。後でじっくり読んで断罪の材料にするが、今はリヒテンシュタイン公爵家の部分が気になった。
調査は前世まで遡れるわけではない。ただ、前世でも僕は調査をさせていた。愛する女性の死の真相を知りたくて、最初に調査させた結果は今も思い出せる。
ローザを貶めたのは、まず使用人だった。公爵家に仕える使用人ではあるが、子爵家以下の貴族出身者が多い。持参金もなく持ち物も見窄らしい奥様など、彼らは認めなかった。侍女の一人も連れていない。そんな女は貴族ではないとさえ考えた。
見下した状態で彼女のアラを探すから、何をしても気に食わない。評価は下がり続けた。だがレオナルドがいた頃は、ぎりぎり持ち堪えていたのだろう。彼が領地の騒動を収めに行って、数ヶ月も経つと……態度に現れ始めた。
公爵夫人に相応しくないと判断した執事の態度に、侍女達も同様の振る舞いを見せる。輪をかけて酷くなったのは、レオナルドの従姉妹ユリアーナが来てからだった。縁戚の伯爵令嬢だったユリアーナは、レオナルドに惚れていたらしい。幼い頃から結婚するのだと公言してきた。
突然横から現れた女に奪われた、そう考えたのだろう。侍女や執事に笑われるローザの腹が膨らんでいたのも怒りに油を注いだ。結果、女として一番辛い死に方をさせたのだ。我が子を取り上げられ、会うことも名づけることも出来ぬまま。ローザは息を引き取った。これが僕が彼女の時間を巻き戻すキッカケとなる。
過去を思い出したせいで止まった手を、再び報告書へ戻す。ことりと音を立てて置かれた紅茶に気づいた。わざと気づかせたベルントは「失礼しました」と一礼する。休憩しろと促す執事に頷き、僕は紅茶のカップを引き寄せた。
28
お気に入りに追加
3,645
あなたにおすすめの小説

呪われた指輪を王太子殿下から贈られましたけど、妹が盗んでくれたので私は無事でした。
田太 優
恋愛
王太子殿下との望まない婚約はお互いに不幸の始まりだった。
後に関係改善を望んだ王太子から指輪が贈られたけど嫌な気持ちしか抱けなかった。
でもそれは私の勘違いで、嫌な気持ちの正体はまったくの別物だった。
――指輪は呪われていた。
妹が指輪を盗んでくれたので私は無事だったけど。

結婚式間近に発覚した隠し子の存在。裏切っただけでも問題なのに、何が悪いのか理解できないような人とは結婚できません!
田太 優
恋愛
結婚して幸せになれるはずだったのに婚約者には隠し子がいた。
しかもそのことを何ら悪いとは思っていない様子。
そんな人とは結婚できるはずもなく、婚約破棄するのも当然のこと。

男爵令嬢の私の証言で公爵令嬢は全てを失うことになりました。嫌がらせなんてしなければ良かったのに。
田太 優
恋愛
公爵令嬢から嫌がらせのターゲットにされた私。
ただ耐えるだけの日々は、王子から秘密の依頼を受けたことで終わりを迎えた。
私に求められたのは公爵令嬢の嫌がらせを証言すること。
王子から公爵令嬢に告げる婚約破棄に協力することになったのだ。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?
ミィタソ
恋愛
アインナーズ伯爵家のレイナは、幼い頃からリリアナ・バイスター伯爵令嬢に陰湿ないじめを受けていた。
レイナには、親同士が決めた婚約者――アインス・ガルタード侯爵家がいる。
アインスは、その艶やかな黒髪と怪しい色気を放つ紫色の瞳から、令嬢の間では惑わしのアインス様と呼ばれるほど人気があった。
ある日、パーティに参加したレイナが一人になると、子爵家や男爵家の令嬢を引き連れたリリアナが現れ、レイナを貶めるような酷い言葉をいくつも投げかける。
そして、事故に見せかけるようにドレスの裾を踏みつけられたレイナは、転んでしまう。
上まで避けたスカートからは、美しい肌が見える。
「売女め、婚約は破棄させてもらう!」

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる