46 / 112
45.僕のローザです、触らないで
しおりを挟む
「ありがとう、必ず大切にします」
ぎゅっと抱き締める腕が嬉しくて、でも背中に手を回していいか迷った。書類上だけで、実際は違っていても……人妻だから。私がふしだらだと罵られても平気だけど、あなたを貶されるのは嫌。震える手は途中で止まってしまった。
「失礼するぞ」
「あら、あなた……邪魔じゃないかしら」
国王夫妻が続き部屋から入室し、慌てた私は離れようとする。ヴィクトール様は逆に強く抱き締めた。絶対に離さないと誇示するように、自分の体を盾にする。
興味深そうに覗き込む国王陛下のお隣には、笑顔の素敵な王妃殿下がこてりと首を傾げておられた。それからぽんと手を叩いて、少し大きな声を上げる。
「ついに大公様にも春がきたのね? 素敵、未来の大公妃殿下を見せてちょうだい」
「嫌です」
まさかの否定! 先ほどまでと態度が違い過ぎるわ。ぽんぽんと彼の背中を叩いて、さすがに失礼ですと示した。少しだけ隙間を開けて私の顔を確認し、ヴィクトール様は微笑んだ。眼帯で隠している右半面、真下から見上げるこの角度じゃないと見えないのね。
「挨拶しておかないと、助けてやらんぞ」
「……可愛い婚約者を見せたくないんです」
「ということは、承諾を得たのか! これはいい夜会になりそうだ」
国王陛下とヴィクトール様の会話を他所に、王妃殿下は私に興味津々のご様子。じりじりと近づいてきて、なんとか私を覗こうとしていた。ご挨拶しないと無礼だわ。
「ヴィクトール様、ご挨拶させてくださ……」
「ヴィルだ」
「え?」
「ヴィルと呼んで。そうしたら離すから」
甘い声で囁くように強請られて、赤面した。どきどきして心臓がこぼれ落ちそう。胸を押さえながら、小さな声で呼んだ。
「ヴィル、さま」
「ヴィル」
様はダメなのね? なんでかしら、困ったと思うのに擽ったい。誰かを呼び捨てたなんて、使用人くらいだわ。貴族にそんな失礼なこと出来ないもの。緊張するけど、離してもらってご挨拶しなくては。それに夜会の間もずっと抱き着いているわけにいかない。
「ヴィル……」
「嬉しいけど、離さなきゃならないのは残念だ」
もっと寡黙な方かと思ったわ。レオナルドをやり込めてから、あまり饒舌に話す姿を見ていない。緩んだ腕から抜け出し、髪やドレスの乱れを直して、王妃殿下へ深く一礼した。
「初めてお目にかかります。アウエンミュラー侯爵家のローザリンデと申します。王妃殿下にはご機嫌麗しく」
「ふふっ、未来の大公妃様がそのように謙ることないわ。シャルロッテよ。お友達になってね」
気さくに笑いかける王妃シャルロッテ殿下は、腰を折った私へ手を差し伸べた。触れようとした瞬間、隣から出た手に握られてしまう。
「僕のローザです。触らないで」
「大公様がそんなにケチだなんて知らなかったわ。いいじゃない、減るわけではないのですもの」
「減ります」
驚いた私の顔を見て、国王夫妻は声を立てて笑った。楽しそうなその姿に、嘲笑されるのと違い困惑する。私に向けられるのは嘲笑や軽蔑ばかりだったから。
「ローザと呼んでも?」
「ぜひ」
今頃許可を取るなんて、ヴィルも可愛い人ね。私、きっと今笑えてるわ。作り笑いじゃなくて、心から嬉しいの。
「ヴィル」
短くそう呼ぶだけで、心に空いた大きな穴が埋まる気がした。
ぎゅっと抱き締める腕が嬉しくて、でも背中に手を回していいか迷った。書類上だけで、実際は違っていても……人妻だから。私がふしだらだと罵られても平気だけど、あなたを貶されるのは嫌。震える手は途中で止まってしまった。
「失礼するぞ」
「あら、あなた……邪魔じゃないかしら」
国王夫妻が続き部屋から入室し、慌てた私は離れようとする。ヴィクトール様は逆に強く抱き締めた。絶対に離さないと誇示するように、自分の体を盾にする。
興味深そうに覗き込む国王陛下のお隣には、笑顔の素敵な王妃殿下がこてりと首を傾げておられた。それからぽんと手を叩いて、少し大きな声を上げる。
「ついに大公様にも春がきたのね? 素敵、未来の大公妃殿下を見せてちょうだい」
「嫌です」
まさかの否定! 先ほどまでと態度が違い過ぎるわ。ぽんぽんと彼の背中を叩いて、さすがに失礼ですと示した。少しだけ隙間を開けて私の顔を確認し、ヴィクトール様は微笑んだ。眼帯で隠している右半面、真下から見上げるこの角度じゃないと見えないのね。
「挨拶しておかないと、助けてやらんぞ」
「……可愛い婚約者を見せたくないんです」
「ということは、承諾を得たのか! これはいい夜会になりそうだ」
国王陛下とヴィクトール様の会話を他所に、王妃殿下は私に興味津々のご様子。じりじりと近づいてきて、なんとか私を覗こうとしていた。ご挨拶しないと無礼だわ。
「ヴィクトール様、ご挨拶させてくださ……」
「ヴィルだ」
「え?」
「ヴィルと呼んで。そうしたら離すから」
甘い声で囁くように強請られて、赤面した。どきどきして心臓がこぼれ落ちそう。胸を押さえながら、小さな声で呼んだ。
「ヴィル、さま」
「ヴィル」
様はダメなのね? なんでかしら、困ったと思うのに擽ったい。誰かを呼び捨てたなんて、使用人くらいだわ。貴族にそんな失礼なこと出来ないもの。緊張するけど、離してもらってご挨拶しなくては。それに夜会の間もずっと抱き着いているわけにいかない。
「ヴィル……」
「嬉しいけど、離さなきゃならないのは残念だ」
もっと寡黙な方かと思ったわ。レオナルドをやり込めてから、あまり饒舌に話す姿を見ていない。緩んだ腕から抜け出し、髪やドレスの乱れを直して、王妃殿下へ深く一礼した。
「初めてお目にかかります。アウエンミュラー侯爵家のローザリンデと申します。王妃殿下にはご機嫌麗しく」
「ふふっ、未来の大公妃様がそのように謙ることないわ。シャルロッテよ。お友達になってね」
気さくに笑いかける王妃シャルロッテ殿下は、腰を折った私へ手を差し伸べた。触れようとした瞬間、隣から出た手に握られてしまう。
「僕のローザです。触らないで」
「大公様がそんなにケチだなんて知らなかったわ。いいじゃない、減るわけではないのですもの」
「減ります」
驚いた私の顔を見て、国王夫妻は声を立てて笑った。楽しそうなその姿に、嘲笑されるのと違い困惑する。私に向けられるのは嘲笑や軽蔑ばかりだったから。
「ローザと呼んでも?」
「ぜひ」
今頃許可を取るなんて、ヴィルも可愛い人ね。私、きっと今笑えてるわ。作り笑いじゃなくて、心から嬉しいの。
「ヴィル」
短くそう呼ぶだけで、心に空いた大きな穴が埋まる気がした。
41
お気に入りに追加
3,644
あなたにおすすめの小説

男爵令嬢の私の証言で公爵令嬢は全てを失うことになりました。嫌がらせなんてしなければ良かったのに。
田太 優
恋愛
公爵令嬢から嫌がらせのターゲットにされた私。
ただ耐えるだけの日々は、王子から秘密の依頼を受けたことで終わりを迎えた。
私に求められたのは公爵令嬢の嫌がらせを証言すること。
王子から公爵令嬢に告げる婚約破棄に協力することになったのだ。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

結婚式間近に発覚した隠し子の存在。裏切っただけでも問題なのに、何が悪いのか理解できないような人とは結婚できません!
田太 優
恋愛
結婚して幸せになれるはずだったのに婚約者には隠し子がいた。
しかもそのことを何ら悪いとは思っていない様子。
そんな人とは結婚できるはずもなく、婚約破棄するのも当然のこと。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる