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43.冗談でも口にしないでもらおう

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 控え室に入ってすぐ、続き部屋の扉が開いた。私達が通った廊下側の扉ではない。応接間のようにソファセットが用意された部屋に踏み込んだのは、美丈夫と表現するに相応しい男性だった。

 たくましく鍛えられた体、硬そうな黒髪と金色の瞳が彼の身分を物語っていた。王家のみに伝わる黄金の蜂蜜色の瞳に、私はソファから立ち上がって膝を折る。緊張に震える手で胸元を抱くようにして、頭を下げた。マーメイドに近いスカートは体にぴたりと沿って、摘んでのカーテシーは出来ない。

「ああ、気にせず楽にしろ」

 国王陛下がひらりと手を振って、声を掛ける。立ち上がろうとして、慣れない格好での礼によろめきそうになった。すっと伸ばした腕に支えられ、そのまま抱き寄せられる。ヴィクトール様は私を抱き寄せたまま、一緒に並んで腰掛けた。

 先に座った無礼に慌てる私をよそに、国王陛下は向かいに座って興味深そうにこちらを観察する。

「見ないでください」

「なぜ? 減るものでもあるまい」

「減ります」

 子どもの口喧嘩のようなやり取りの後、国王陛下はからりと笑った。楽しそうな表情に、咎められる心配はなさそうと安堵の息を吐く。腰を支えたヴィクトール様の腕は、いつの間にか私の肩を抱き寄せていた。

「いつも通りでよい。にしても、ヴィルが血相を変えて追いかける女がどのような者かと思えば……」

 意味ありげに言葉を切り、私をじっくり眺めてから国王陛下はソファの背もたれに寄りかかった。

「ふむ、美人だな。どうだ……俺の側室に……っ、冗談だ。ヴィル、殺気を向けるな。お前は冗談が通じないから困る」

 真剣に聞こえない誘いだったけど、隣のヴィクトール様の雰囲気ががらりと変わった。警戒心を露わにした番犬みたい。今にも威嚇して噛みつきそうだわ。国王陛下は慣れているのか、両手を挙げて降参だと示した。

「冗談でも口にしないでもらおう」

 あ、ヴィクトール様の口調が変わった。夫だったレオナルドを相手に凄んだ時に似ている。この人って二面性があるのね。私もそうだけど、普段の顔と裏の顔、両方あるのが貴族だと思う。怖いとは感じない。だって、私へ向けられた敵意ではないから。

「落ち着け。悪かった」

 国王陛下が、こんなに簡単に謝っていいのかしら。アルブレヒツベルガー大公がいかに強い立場でも、ウーリヒ王国の一部である以上、臣下よね。首を傾げた私へ、ヴィクトール様が簡単に説明してくれた。

 アルブレヒツベルガー大公家は、ウーリヒ王国を他国の侵略から守る防波堤だ。だから時には国王より発言権が強いのだと。外交的には臣下として振る舞うが、実際は対等だった。それでは大公家が損をしているのではないかと思ったけど、きっと裏で何か取引があるんだわ。居候の私が聞いていい話ではない。

 微笑んで頷いた。そんな私を値踏みした国王陛下が「いい女性ではないか」と褒める。

「必要以上に踏み込まず、引くことを知っている。美人ならいくらでもおるが、賢く外交の出来る貴族令嬢は少ない。ヴィル、お前が選んだ女性は最上級だぞ」

「……っ! まだ……、その」

 早い。苦虫を噛み潰したような渋い顔で、ヴィクトール様が絞り出した言葉に、国王陛下が素っ頓狂な声で叫んだ。

「なんだ!? まだなのか!」

 何となくだけど、先が見えてしまったわ。
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