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25.最後に見る夫の姿を焼き付けて
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「何を! 待て」
私を抱き上げたアルブレヒツベルガー大公に、レオナルドは手を触れようとした。そんな無礼が罷り通るわけはなく、従者の男性に取り押さえられる。あの自尊心と選民意識の塊である夫が、床に顔を押し付けて呻く姿に目を見開いた。
身を乗り出したつもりはなかったけど、気になって無理な姿勢を取ったのね。ぐらりと傾いて、慌てて両手を彼の首に回した。肩に手を置くくらいが淑女の行為なのかも知れないけれど、落ちると思った瞬間の反射的な行動だった。
「っ、大丈夫です。僕はあなたを落としたりしませんから」
一瞬息を呑んだのは、苦しかったの? 首を絞めてしまったかしら。謝ろうとした私の目に、赤くなった耳が見えた。釣られて顔が赤くなる。照れてる姿に、私が恥ずかしくなった。昔からそうなの。興奮したり照れると真っ赤になって、よく揶揄われたわ。
出会ったばかりの方の首筋に顔を埋めるわけにも行かず、困惑した私は顔を伏せた。その耳に、悲鳴が聞こえた。いいえ、私が知る悲鳴は甲高いの。でもこの声は、低く濁っていて……叫びが近いのかも。
驚きで顔を上げた私の視線の先で、大公閣下の後ろを歩くアンネも振り返った。彼女はじっくりと視線の先の惨劇を確認してから、口元を綻ばせる。向き直った彼女と目が合い、私も同じように唇が弧を描いていた。
顔を床に擦り付けたレオナルドの両腕は、あらぬ方角に折れている。その姿に、痛そうと感じるだけ。彼に対しての想いは欠片もなかった。情けや未練がなかったことにほっとする。前世の後悔を繰り返す気はないから、別れるつもりだった。それでも、一度は夫として認め彼の子を宿したわ。その情が残っていたら厄介だと思ったの。
完全に断ち切ることが出来る。あの男は二度と私の人生に関与せず、私はもう解放されるのよ。気持ちが明るくなって、表情が釣られて微笑みに変わった。
「馬車に乗ります。もう少し強くしがみついていただいても構いませんか?」
「はい」
大公の言葉に従い手足を縮めるように、彼に添わせた。私を抱き上げてもふらつかず、鍛えた硬い腕は頼り甲斐がある。この方は「アルブレヒツベルガー大公閣下」で、私より身分は上だわ。現在の肩書きである「リヒテンシュタイン公爵夫人」も、彼の呼んだ「アウエンミュラー侯爵令嬢」であっても。
「失礼します」
御者が用意した馬車の踏み台に足を乗せ、私を後部座席に乗せた。こちらは進行方向を向く上座に当たる。その位置を譲り、体が楽になるようクッションを運ばせた。ほぼ横になった私の向かいに座る彼は、アンネも馬車に招く。
「君も乗りなさい。ローザリンデ嬢を頼む」
「かしこまりました」
しっかりした口調だけど、アンネもびっくりしてる。御者の隣に座らせるだけでも、侍女には破格の待遇なのに。大公閣下の馬車の中に、同乗させるなんて。
内側の座席部分の下からクッションと敷物を取り出したカールに渡され、アンネは私の枕側の床に座った。一礼した従者のカールは、御者の隣に向かう。走り出した馬車の中、私は食い入るようにアルブレヒツベルガー大公を見つめた。
綺麗と表現する顔立ちではないけれど、精悍で凛々しい。鍛えた体と日に焼けた肌。黒髪はやや長めで、顔の半分を隠している。優しそうな銀の瞳は私を見て、すぐに逸らされてしまった。でも顔や首が真っ赤だわ。なんだか親近感が持てるわね。
私を抱き上げたアルブレヒツベルガー大公に、レオナルドは手を触れようとした。そんな無礼が罷り通るわけはなく、従者の男性に取り押さえられる。あの自尊心と選民意識の塊である夫が、床に顔を押し付けて呻く姿に目を見開いた。
身を乗り出したつもりはなかったけど、気になって無理な姿勢を取ったのね。ぐらりと傾いて、慌てて両手を彼の首に回した。肩に手を置くくらいが淑女の行為なのかも知れないけれど、落ちると思った瞬間の反射的な行動だった。
「っ、大丈夫です。僕はあなたを落としたりしませんから」
一瞬息を呑んだのは、苦しかったの? 首を絞めてしまったかしら。謝ろうとした私の目に、赤くなった耳が見えた。釣られて顔が赤くなる。照れてる姿に、私が恥ずかしくなった。昔からそうなの。興奮したり照れると真っ赤になって、よく揶揄われたわ。
出会ったばかりの方の首筋に顔を埋めるわけにも行かず、困惑した私は顔を伏せた。その耳に、悲鳴が聞こえた。いいえ、私が知る悲鳴は甲高いの。でもこの声は、低く濁っていて……叫びが近いのかも。
驚きで顔を上げた私の視線の先で、大公閣下の後ろを歩くアンネも振り返った。彼女はじっくりと視線の先の惨劇を確認してから、口元を綻ばせる。向き直った彼女と目が合い、私も同じように唇が弧を描いていた。
顔を床に擦り付けたレオナルドの両腕は、あらぬ方角に折れている。その姿に、痛そうと感じるだけ。彼に対しての想いは欠片もなかった。情けや未練がなかったことにほっとする。前世の後悔を繰り返す気はないから、別れるつもりだった。それでも、一度は夫として認め彼の子を宿したわ。その情が残っていたら厄介だと思ったの。
完全に断ち切ることが出来る。あの男は二度と私の人生に関与せず、私はもう解放されるのよ。気持ちが明るくなって、表情が釣られて微笑みに変わった。
「馬車に乗ります。もう少し強くしがみついていただいても構いませんか?」
「はい」
大公の言葉に従い手足を縮めるように、彼に添わせた。私を抱き上げてもふらつかず、鍛えた硬い腕は頼り甲斐がある。この方は「アルブレヒツベルガー大公閣下」で、私より身分は上だわ。現在の肩書きである「リヒテンシュタイン公爵夫人」も、彼の呼んだ「アウエンミュラー侯爵令嬢」であっても。
「失礼します」
御者が用意した馬車の踏み台に足を乗せ、私を後部座席に乗せた。こちらは進行方向を向く上座に当たる。その位置を譲り、体が楽になるようクッションを運ばせた。ほぼ横になった私の向かいに座る彼は、アンネも馬車に招く。
「君も乗りなさい。ローザリンデ嬢を頼む」
「かしこまりました」
しっかりした口調だけど、アンネもびっくりしてる。御者の隣に座らせるだけでも、侍女には破格の待遇なのに。大公閣下の馬車の中に、同乗させるなんて。
内側の座席部分の下からクッションと敷物を取り出したカールに渡され、アンネは私の枕側の床に座った。一礼した従者のカールは、御者の隣に向かう。走り出した馬車の中、私は食い入るようにアルブレヒツベルガー大公を見つめた。
綺麗と表現する顔立ちではないけれど、精悍で凛々しい。鍛えた体と日に焼けた肌。黒髪はやや長めで、顔の半分を隠している。優しそうな銀の瞳は私を見て、すぐに逸らされてしまった。でも顔や首が真っ赤だわ。なんだか親近感が持てるわね。
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