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24.彼女を連れ出す栄誉を――SIDEヴィル

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 僕を驚いた顔で見上げるローザリンデの頬は、記憶の中の彼女より痩けていた。今回は毒を盛られたと聞いたが、そのせいか。妻一人守れない愚鈍な男に苛立ちが募る。

 これほど素晴らしい女性を娶っておきながら、守れなかったのか? 僕なら、こんな結果は……いや、彼女を攫う勇気も出せなかったくせに、そんなこと言えないな。

 ひとつ深呼吸して、挨拶に目を見開く彼女の手前で膝を突いた。視線を合わせるために姿勢を低くするのは、彼女を尊重したいと思っているからだ。会うための環境を強引に整えたが、もしローザリンデが残りたいと言えば無理強いをする気はない。

「まだ体調が優れないようなので、端的に聞きます。僕はあなたをここから連れ出す準備があります……」

「連れて行ってください」

 まだ続けるつもりだった言葉は、言い訳じみていたと思う。体にいい環境を用意するとか、ストレスのない安全な場所に保護するとか。連ねる前に、彼女は即答した。僕を信じてくれるのか?

「ただし、条件があります」

「何でも言ってください」

 あなたが望むなら、何でも叶えたい。あの男を処分する? それともこの家を消してしまおうか。王妃になりたいなら、国を興してもいい。どんな贅沢を望んでも僕が必ず叶えるから、その美しい声で命じて欲しい。

「ここにいる侍女のアンネを同行したいのです」

「……それだけ、ですか?」

 驚き過ぎて、声がかすれる。当然一緒に来てもらうつもりだった。彼女は前回もその前も、ローザリンデに優しかった。主人を助け孤軍奮闘したアンネに、尊敬に等しい感情を抱いている。

「ええ、ここから連れ出してくださるのでしょう?」

「はい。御身に触れて抱き上げる栄誉……いえ、失礼をお許しいただけるなら、今すぐにでも。もちろん侍女も一緒です」

 小首を傾げたローザリンデの肩を、さらりと赤い髪が流れる。手触りの良さそうな、緩やかに巻いた髪は柔らかそうだった。あの髪に口付けたいと願いながら、醜い欲を押し殺す。

「でしたら構いませんわ。連れ出してください。レオナルドには二度と会いたくありません」

「わかりました」

 了承した僕の様子を、用心深く観察していた侍女アンネの合格が貰えたらしい。彼女はにっこり微笑み、主君に定めたローザリンデの上掛けを優しく退けた。その下に数冊の本とペンがある。

「カール」

 連れてきた従者の名を呼ぶと、心得た彼は視線を下に固定したまま近づいて頭を下げた。療養中のご令嬢の姿を見ないためだ。貴族令嬢に対する当然の配慮であり、マナーだった。

「カール、荷物を運ぶように」

「はい」

 アンネはこれらの本を置いていくらしい。代わりに枕の下から別の本を引っ張り出した。サイズの違う紙が挟まれた本を大切そうに抱え、いくつかの小さな箱をカールに手渡した。

「大切なものはこれだけです。残りは不要でございます」

 この家で購入した物は要らないと言い切った。やはりこの子はローザリンデの侍女に相応しい。僕は上着を脱ぐとローザリンデの肩にかけ、薄い寝着から覗く腕を隠した。

「旦那様、こちらもご利用ください」

 執事服の上着を差し出すカールから受け取り、アンネに渡す。

「失礼する」

 大きな上着に袖を通したローザリンデを抱き上げた。心得たようにカールの上着を掛けたアンネが頷く。ローザリンデも同じように頷いた。その表情は明るく、彼女のこの顔を僕が引き出したのだと思うと……それだけで心躍る。

「何を! 待て」

 僕に手を伸ばそうとした無礼者を、本片手のカールが捩じ伏せた。床に顔を押し付けられた無様な姿をじっくり眺め、カールに目配せする。背を向けて歩く僕の後ろで、聞き苦しい悲鳴が響いた。
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