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17.精霊の予言だからね――SIDEヴィル
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ローザリンデ嬢は無事戻れただろうか。見上げた月の青白い光に目を細める。段々と制約が増える中で、今回は結婚式まで戻すのがやっとだった。次の機会はもう来ないだろう。
失った右目が疼く。まだ塞がり切らぬ傷が痛みを訴えていた。対価はもう支払われている。今度こそ、彼女は幸せを掴めるといいが……。
『そんなに願うなら、君が奪えばいいのに』
ふわりと頬を撫でる精霊の言葉に、首を横に振った。
「ダメだよ、僕はもう完璧じゃない。初めて出会った頃ならともかく、今はあれもこれも足りないガラクタだからね」
怒りを含んだ冷たい風が頬を掠める。切れたかと思うほど、鋭い冷気に彼の怒りを感じた。申し訳ない言い方をしてしまったな。
「悪かった。もう言わない」
『全部なかったことにして、元に戻したら返ってくるよ』
「それはしない」
失敗したことも含めて、僕の愛したあの子なんだ。この命を賭ければ、もう一回くらいはチャンスをあげられるさ。そう呟いた僕に、精霊は悲しそうに呟いた。
『君とあの子が一緒になればいいんだよ。それで幸せな物語は終わる』
「してはいけないんだ。過去と未来に介入するなんて、人のすることじゃない」
自分が行った呪術を棚に上げて、僕は普通の人のように振る舞う。僕の持つ力や体の一部を対価に、時を操った。それも一回ではなく、何度も。
左腕に宿る魔力と引き換えに、放置され餓死したあの子を救った。巻き戻せたのは結婚式の2年前。やり直した彼女のために、アンネという侍女の運命を変えた。お陰で餓死はないが、今度は離れに火を放たれる。運命を弄ったせいだろう。より苦しい死に方をさせてしまった。
後悔から僕は右目を捧げた。過去と未来を見通すと言われた瞳を対価に、もう一度だけやり直しを求める。これが最後だ。もし失敗するなら、次は僕の命を懸けることになるだろう。もう失敗しても助けてあげられなくなるのが辛かった。ただ幸せになって欲しいだけなのに……ね。
『ヴィクトール。君が動かないなら、僕らが動くよ』
「やめろ! 消滅してしまうぞ」
『それでも君が幸せにならない未来なんて、僕らは認めない』
親友でもある精霊の言葉に、ぽろりと涙が溢れた。左頬を伝う温かな涙が、唇の端を掠めて顎へ流れる。それを乱暴に拭った。
「わかった。君達を失うくらいなら、僕は潔く振られてくるよ」
降参だと笑った僕の頬に残る涙を、精霊は優しく手のひらで受け止めた。くすくす笑いながら、こっそりと囁く。
『あの子は君に相応しい。だから安心していいよ。これは精霊の予言だからね』
違えることがない精霊の予言を使った親友に頷き、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。部屋の隅に置かれた姿見の布を、覚悟を決めて取り払った。右目は疼くが包帯や眼帯で隠せる。顔に目立つ大きな傷はないし、見た目で怖がられる要素はないはず。身長は高い方だが、細身なので威圧感は少ないと思う。あれこれと己の容姿を確認し、久しぶりに見た鏡に微笑みかけた。
「この顔で問題ないか?」
『僕らの基準だと美しいけど、人間はもっと繊細な顔立ちを好むらしいね。でもあの子は君の内面を愛してくれるさ』
親友の太鼓判に肩の力を抜いた。受け入れられず振られるとしても、告白の勇気をくれた親友に恥じる言動はしない。そう心に決めて、暗く静かな屋敷の扉を開いた。
失った右目が疼く。まだ塞がり切らぬ傷が痛みを訴えていた。対価はもう支払われている。今度こそ、彼女は幸せを掴めるといいが……。
『そんなに願うなら、君が奪えばいいのに』
ふわりと頬を撫でる精霊の言葉に、首を横に振った。
「ダメだよ、僕はもう完璧じゃない。初めて出会った頃ならともかく、今はあれもこれも足りないガラクタだからね」
怒りを含んだ冷たい風が頬を掠める。切れたかと思うほど、鋭い冷気に彼の怒りを感じた。申し訳ない言い方をしてしまったな。
「悪かった。もう言わない」
『全部なかったことにして、元に戻したら返ってくるよ』
「それはしない」
失敗したことも含めて、僕の愛したあの子なんだ。この命を賭ければ、もう一回くらいはチャンスをあげられるさ。そう呟いた僕に、精霊は悲しそうに呟いた。
『君とあの子が一緒になればいいんだよ。それで幸せな物語は終わる』
「してはいけないんだ。過去と未来に介入するなんて、人のすることじゃない」
自分が行った呪術を棚に上げて、僕は普通の人のように振る舞う。僕の持つ力や体の一部を対価に、時を操った。それも一回ではなく、何度も。
左腕に宿る魔力と引き換えに、放置され餓死したあの子を救った。巻き戻せたのは結婚式の2年前。やり直した彼女のために、アンネという侍女の運命を変えた。お陰で餓死はないが、今度は離れに火を放たれる。運命を弄ったせいだろう。より苦しい死に方をさせてしまった。
後悔から僕は右目を捧げた。過去と未来を見通すと言われた瞳を対価に、もう一度だけやり直しを求める。これが最後だ。もし失敗するなら、次は僕の命を懸けることになるだろう。もう失敗しても助けてあげられなくなるのが辛かった。ただ幸せになって欲しいだけなのに……ね。
『ヴィクトール。君が動かないなら、僕らが動くよ』
「やめろ! 消滅してしまうぞ」
『それでも君が幸せにならない未来なんて、僕らは認めない』
親友でもある精霊の言葉に、ぽろりと涙が溢れた。左頬を伝う温かな涙が、唇の端を掠めて顎へ流れる。それを乱暴に拭った。
「わかった。君達を失うくらいなら、僕は潔く振られてくるよ」
降参だと笑った僕の頬に残る涙を、精霊は優しく手のひらで受け止めた。くすくす笑いながら、こっそりと囁く。
『あの子は君に相応しい。だから安心していいよ。これは精霊の予言だからね』
違えることがない精霊の予言を使った親友に頷き、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。部屋の隅に置かれた姿見の布を、覚悟を決めて取り払った。右目は疼くが包帯や眼帯で隠せる。顔に目立つ大きな傷はないし、見た目で怖がられる要素はないはず。身長は高い方だが、細身なので威圧感は少ないと思う。あれこれと己の容姿を確認し、久しぶりに見た鏡に微笑みかけた。
「この顔で問題ないか?」
『僕らの基準だと美しいけど、人間はもっと繊細な顔立ちを好むらしいね。でもあの子は君の内面を愛してくれるさ』
親友の太鼓判に肩の力を抜いた。受け入れられず振られるとしても、告白の勇気をくれた親友に恥じる言動はしない。そう心に決めて、暗く静かな屋敷の扉を開いた。
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