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58.すべてを還す決断
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*****SIDE クルス
見上げた窓の先、黒い夜空が広がっていた。目線よりすこし低い位置に沈んだ三日月が、かすかに灯りを投げる。
「僕は……」
何も出来ない。
予言の巫女であるリリトは力を『失った』。悪魔祓いの筆頭であったセイルとラウムは『戻った』。
もう、手元に札は残されていないのに、まだカードゲームを続けようとする人間の悪あがきを嘲笑する。
「……君はどうしたい?」
尋ねたい相手がいない室内に、呟きが落ちた。しんと静まった屋敷にクルスのため息がかすかな音を響かせる。
崇めてきた唯一神は役目を終え、世界は本来の創造主である古代神の子に戻ろうとしていた。彼の神が創り育てた世界に突然出でた人間を、古代神は心から愛した。表裏一体の悪魔さえ愛しいと、大切に慈しんで愛でたのに。
同時に生まれた己の分身たる存在が『唯一神』を名乗り、世界を混乱に陥れるまで……本当に調和の保たれた美しい空間だったのだ。
混乱し崩壊の兆候を見せる世界のため、古代神は己の力も記憶もすべてを解放して世界を救った。彼の神の恩恵で生き延びた世界の人々は、唯一神を崇めるという間違った選択をしたまま、無償の愛情を注いだ神を犠牲にし続けている。
間違いを正すのは当然だ。
なのに……
「僕は迷ってしまう。君が望んでいないと知るから」
小さな呟きは、静寂を揺らして後味の悪さを残した。
「滅ぼすことも望んでないけどな」
軽い口調の返事に、驚いて顔を上げる。魔物退治の現場から消えた友人が、銀の三つ編みを尻尾のように揺らして肩を竦めた。いつの間に現れたのか、ソファに勝手に腰掛けるオレは隣に黒髪の堕天使を連れている。
「クルス、お前が預かったモノを彼女に返して欲しい」
直球で切り込む。駆け引きをしないセイルの眼差しはまっすぐで、暗い室内では紫紺に見えた。迷うように揺れた水色の瞳が伏せられ、僕はかろうじて見える程度に頷く。
「そうだね」
世界に溶けた古代神の力は、いくつかの塊になって散った。感情を引き受けた僕、魂を受け継いだラウム、知識を授けられたキメリエス。アモルは彼の神の大きすぎる愛情を、セイルは膨大な記憶を……。そして古代神の願いはリリトが身の裡に隠してきた。
最後の鍵である姿形は、聡明な彼女が引き継いでいる。
「レティシアさんへ還そう」
唯一神である兄が消えて彼女が跡を継いだときから、世界はすでに古代神の手に戻されていたのだ。ならば、正しい状態に戻すのは預かった者たちの使命だった。
「これで全部そろう」
女神復活の手順を整え、セイルは安堵の息を吐いた。
見上げた窓の先、黒い夜空が広がっていた。目線よりすこし低い位置に沈んだ三日月が、かすかに灯りを投げる。
「僕は……」
何も出来ない。
予言の巫女であるリリトは力を『失った』。悪魔祓いの筆頭であったセイルとラウムは『戻った』。
もう、手元に札は残されていないのに、まだカードゲームを続けようとする人間の悪あがきを嘲笑する。
「……君はどうしたい?」
尋ねたい相手がいない室内に、呟きが落ちた。しんと静まった屋敷にクルスのため息がかすかな音を響かせる。
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間違いを正すのは当然だ。
なのに……
「僕は迷ってしまう。君が望んでいないと知るから」
小さな呟きは、静寂を揺らして後味の悪さを残した。
「滅ぼすことも望んでないけどな」
軽い口調の返事に、驚いて顔を上げる。魔物退治の現場から消えた友人が、銀の三つ編みを尻尾のように揺らして肩を竦めた。いつの間に現れたのか、ソファに勝手に腰掛けるオレは隣に黒髪の堕天使を連れている。
「クルス、お前が預かったモノを彼女に返して欲しい」
直球で切り込む。駆け引きをしないセイルの眼差しはまっすぐで、暗い室内では紫紺に見えた。迷うように揺れた水色の瞳が伏せられ、僕はかろうじて見える程度に頷く。
「そうだね」
世界に溶けた古代神の力は、いくつかの塊になって散った。感情を引き受けた僕、魂を受け継いだラウム、知識を授けられたキメリエス。アモルは彼の神の大きすぎる愛情を、セイルは膨大な記憶を……。そして古代神の願いはリリトが身の裡に隠してきた。
最後の鍵である姿形は、聡明な彼女が引き継いでいる。
「レティシアさんへ還そう」
唯一神である兄が消えて彼女が跡を継いだときから、世界はすでに古代神の手に戻されていたのだ。ならば、正しい状態に戻すのは預かった者たちの使命だった。
「これで全部そろう」
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