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55.魔王の復活を告げる魔女
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*****SIDE レティシア
ゆっくり手を伸ばす。天へ向けた指先は何も掴まないまま、諦めて下ろされた。
「……もう、神はいらっしゃらないのかもしれませんね」
呟いた後ろで、小さな声が名を呼んだ。
「レティシア様、リリト様がお見えです」
振り返った先に、淡い金色の髪を長く垂らした美女が立っている。裾が長い紺色のワンピースで優雅に一礼するリリトへ、ひとつ頷いて椅子を勧めた。テラスに設えられたテーブルセットで、挨拶もなく私は切り出す。
「神は人をお見捨てになったのでしょうか」
「レティシア様、私の力が闇に属することはご存知ですわね? 我が神の予知は絶えて久しく、おそらく関与しておりません」
何度も記憶をもったまま転生するカタロニア家当主は、他の宗教で生神として崇められ祀られてきた。祖国を滅ぼされて後、唯一神を崇める裏教皇であるウィナー家の当主と血縁関係を結び、ずっと予知の力を捻じ曲げて使っていたのだ。
その罰か弊害か、予知能力は数代前に失われた。代わりに得たのは、人柱であった魔王の能力の一部だ。
「ええ」
頷きながら手を上げて会話をさえぎり、届けられたお茶が並ぶのを待つ。人払いを命じて、完全に人の気配が消えてからようやく息をついた。
「昨夜、私から予知の力が消えました」
それは魔王の復活を示す。驚きに目を瞠った私へ、リリトは寂しそうに笑った。大切なお友達で、数少ない理解者である彼女は、穏やかに別れを切り出す。
「ですから、今日は最後のご挨拶に参りましたの」
予知のできない巫女は、必要ない。リリトの考えに気づいて、薄紅の唇を噛みしめた。
古代神の巫女であったリリトの家系は、数人を残し絶えていた。今後の生活に不安がないといえば嘘になるが、能力のない者が人の上にたつべきでないと考えるリリトにとって、私の温情に縋って残るという方法は選べないのでしょう。それでも女教皇である私の側近として残ってほしい。
「リリト、私の……」
「いいえ、お気持ちだけで結構ですわ。我が神が戻られ、唯一神はその地位を失うでしょう――最後に視た風景です。これだけは直接お伝えしたかった」
侍従たちの偏見に満ちた言葉でなく、己が予知夢で聞いた声をそのまま……変えることなく伝えたかったのだ。側近として近くに残って欲しいと願う私の言葉を遮ったリリトは、目の前のカップに口をつけた。
「私を置いていくのですね」
哀しそうな声に隠された「あなたも」という言葉は、音にしない。兄も同じように去って、気付けば己ひとりが取り残された。この豪華で冷たい籠から逃げられない運命を呪うように、私は言霊を避けた。
「気持ちは常にお側に」
誤魔化しでない本音を宿した紫の瞳を揺らし、リリトは視線を窓の外へ向ける。数羽の小鳥が青空を舞う、どこにでもある風景だった。平和そのものの風景は、もう見られなくなるかもしれない。
古代神を滅ぼした唯一神が消えれば、世界は神という光を失う。暗闇に閉ざされ悪魔に蹂躙されるのか、もしかしたら世界自体が消滅する可能性もあった。どちらにしても、今まで通りの穏やかな日々は消えるだろう。
「では、ご機嫌よう……レティシア様」
立ち上がり優雅に一礼する金髪の美女を見送り、私は整った顔を歪めて涙を堪える。ドレスの裾を揺らす風が、悪戯に栗毛をさらって遊ぶ。零れそうな涙を誤魔化すように視線を天へ向け、女教皇として小さく祈りを口にした。
ゆっくり手を伸ばす。天へ向けた指先は何も掴まないまま、諦めて下ろされた。
「……もう、神はいらっしゃらないのかもしれませんね」
呟いた後ろで、小さな声が名を呼んだ。
「レティシア様、リリト様がお見えです」
振り返った先に、淡い金色の髪を長く垂らした美女が立っている。裾が長い紺色のワンピースで優雅に一礼するリリトへ、ひとつ頷いて椅子を勧めた。テラスに設えられたテーブルセットで、挨拶もなく私は切り出す。
「神は人をお見捨てになったのでしょうか」
「レティシア様、私の力が闇に属することはご存知ですわね? 我が神の予知は絶えて久しく、おそらく関与しておりません」
何度も記憶をもったまま転生するカタロニア家当主は、他の宗教で生神として崇められ祀られてきた。祖国を滅ぼされて後、唯一神を崇める裏教皇であるウィナー家の当主と血縁関係を結び、ずっと予知の力を捻じ曲げて使っていたのだ。
その罰か弊害か、予知能力は数代前に失われた。代わりに得たのは、人柱であった魔王の能力の一部だ。
「ええ」
頷きながら手を上げて会話をさえぎり、届けられたお茶が並ぶのを待つ。人払いを命じて、完全に人の気配が消えてからようやく息をついた。
「昨夜、私から予知の力が消えました」
それは魔王の復活を示す。驚きに目を瞠った私へ、リリトは寂しそうに笑った。大切なお友達で、数少ない理解者である彼女は、穏やかに別れを切り出す。
「ですから、今日は最後のご挨拶に参りましたの」
予知のできない巫女は、必要ない。リリトの考えに気づいて、薄紅の唇を噛みしめた。
古代神の巫女であったリリトの家系は、数人を残し絶えていた。今後の生活に不安がないといえば嘘になるが、能力のない者が人の上にたつべきでないと考えるリリトにとって、私の温情に縋って残るという方法は選べないのでしょう。それでも女教皇である私の側近として残ってほしい。
「リリト、私の……」
「いいえ、お気持ちだけで結構ですわ。我が神が戻られ、唯一神はその地位を失うでしょう――最後に視た風景です。これだけは直接お伝えしたかった」
侍従たちの偏見に満ちた言葉でなく、己が予知夢で聞いた声をそのまま……変えることなく伝えたかったのだ。側近として近くに残って欲しいと願う私の言葉を遮ったリリトは、目の前のカップに口をつけた。
「私を置いていくのですね」
哀しそうな声に隠された「あなたも」という言葉は、音にしない。兄も同じように去って、気付けば己ひとりが取り残された。この豪華で冷たい籠から逃げられない運命を呪うように、私は言霊を避けた。
「気持ちは常にお側に」
誤魔化しでない本音を宿した紫の瞳を揺らし、リリトは視線を窓の外へ向ける。数羽の小鳥が青空を舞う、どこにでもある風景だった。平和そのものの風景は、もう見られなくなるかもしれない。
古代神を滅ぼした唯一神が消えれば、世界は神という光を失う。暗闇に閉ざされ悪魔に蹂躙されるのか、もしかしたら世界自体が消滅する可能性もあった。どちらにしても、今まで通りの穏やかな日々は消えるだろう。
「では、ご機嫌よう……レティシア様」
立ち上がり優雅に一礼する金髪の美女を見送り、私は整った顔を歪めて涙を堪える。ドレスの裾を揺らす風が、悪戯に栗毛をさらって遊ぶ。零れそうな涙を誤魔化すように視線を天へ向け、女教皇として小さく祈りを口にした。
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