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53.人間のための犠牲、人柱だ
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熱に浮かされたように抱いた身体を切り裂き、オレも消えよう。契約が維持されればそれでいい。互いが生きていなければならない条項はなかったはず。
アモルに触れる寸前、ハデスが手の中から消える。ふわりと宙を切った左手の軽さに、呆然と左手を見つめるオレが「……ハデス?」と相棒の名を呼んだ。
『セイル、彼を傷つけることは出来ない。誓約だ』
響いた言葉に目を見開く。
誓約した記憶など、ない。だとしたら、以前殺される前にしたのだろうか? オレは誰かの生まれ変わりで、前世の記憶を求めた悪魔に付きまとわれただけか?
混乱をきたすオレへ近づいたアモルが、そっと手を頬へ滑らせた。その仕草は優しく、愛おしむような柔らかさで触れて包み込む。人より低い体温の指先がひやりと肌を怯えさせた。
「お前はお前だ」
忘れていても、思い出せなくとも……存在は同じだと告げる。時間という制約を超越した人外は白い翼を背に、重さを感じさせない所作で抱きついた。反射的に抱きとめて、腕に触れる羽の柔らかさに既視感がよぎる。
『愛してる……アモル』
『ならば、ここに残れ』
『……ごめんな――』
後半は聞き取れない。小さな詫びの言葉と、何か大切なことを口にした。些細なきっかけで甦る子供のころの記憶に似た、懐かしくて苦い感情が胸によみがえる。
あのとき……他にも誰かがいた。オレの左手にはハデスがあり、木漏れ日に刃が銀の光を弾く。
『人など滅びればいい』
呪いを吐き捨てた声は、黒瞳の悪魔。
『見捨てられないのだろう』
諦めた口調で苦笑いを浮かべていたのは……ラウム? 彼も人ではなかったのか。
あふれ出した大量の思い出が、オレの中を乱した。
「……セイル?」
「お前とオレは……いつ、から」
掠れた声は聞き取りづらいだろう。抱きついたアモルにしか届かなかった声に「少し待て」と耳元で返された。何らかの合図をしたのか、ラウムとキメリエスが顔を見合わせて姿を消す。言葉通りふわりと掻き消えた友人と悪魔がいない森で、冷たい風がアモルの側から吹きつけた。
白い翼がさえぎる風の冷たさに身を震わせたオレは、アモルを引き剥がして覗き込む。少し身長の低いアモルの蒼瞳と視線を合わせ、重ねて同じことを問うた。
「いつ……?」
「最初に神が創造したとき」
まっすぐ見つめ返す悪魔の言葉は揺るぎなく、赤い唇は真実をこぼす。
「お前は――人間のための犠牲『人柱』だ」
内容が耳をすり抜ける。
犠牲? 人柱? 知らない話の筈だ。なのに知っている気がした。
『ごめんな――人柱が逃げたら崩壊しちゃうだろ?』
聞き取れない言葉の続きが脳裏に響いた。
そうだ、人柱だから……逃げられない。そう考えて己を犠牲にした。
だって……
「人が滅びたら……アモルも……」
滅びてしまう。
神が「あれ」と命じた声と光、続いて作られた人が世界を明るく照らし、その影に悪魔が生まれた。影は光ある限り消すことができない。逆に考えるなら、神が人を滅ぼせば悪魔も滅びるということだ。
「思い……出したの、か?」
アモルの蒼い瞳が潤んで輝きを増す。その海に似た光に、オレは長い息を吐き出した。
アモルに触れる寸前、ハデスが手の中から消える。ふわりと宙を切った左手の軽さに、呆然と左手を見つめるオレが「……ハデス?」と相棒の名を呼んだ。
『セイル、彼を傷つけることは出来ない。誓約だ』
響いた言葉に目を見開く。
誓約した記憶など、ない。だとしたら、以前殺される前にしたのだろうか? オレは誰かの生まれ変わりで、前世の記憶を求めた悪魔に付きまとわれただけか?
混乱をきたすオレへ近づいたアモルが、そっと手を頬へ滑らせた。その仕草は優しく、愛おしむような柔らかさで触れて包み込む。人より低い体温の指先がひやりと肌を怯えさせた。
「お前はお前だ」
忘れていても、思い出せなくとも……存在は同じだと告げる。時間という制約を超越した人外は白い翼を背に、重さを感じさせない所作で抱きついた。反射的に抱きとめて、腕に触れる羽の柔らかさに既視感がよぎる。
『愛してる……アモル』
『ならば、ここに残れ』
『……ごめんな――』
後半は聞き取れない。小さな詫びの言葉と、何か大切なことを口にした。些細なきっかけで甦る子供のころの記憶に似た、懐かしくて苦い感情が胸によみがえる。
あのとき……他にも誰かがいた。オレの左手にはハデスがあり、木漏れ日に刃が銀の光を弾く。
『人など滅びればいい』
呪いを吐き捨てた声は、黒瞳の悪魔。
『見捨てられないのだろう』
諦めた口調で苦笑いを浮かべていたのは……ラウム? 彼も人ではなかったのか。
あふれ出した大量の思い出が、オレの中を乱した。
「……セイル?」
「お前とオレは……いつ、から」
掠れた声は聞き取りづらいだろう。抱きついたアモルにしか届かなかった声に「少し待て」と耳元で返された。何らかの合図をしたのか、ラウムとキメリエスが顔を見合わせて姿を消す。言葉通りふわりと掻き消えた友人と悪魔がいない森で、冷たい風がアモルの側から吹きつけた。
白い翼がさえぎる風の冷たさに身を震わせたオレは、アモルを引き剥がして覗き込む。少し身長の低いアモルの蒼瞳と視線を合わせ、重ねて同じことを問うた。
「いつ……?」
「最初に神が創造したとき」
まっすぐ見つめ返す悪魔の言葉は揺るぎなく、赤い唇は真実をこぼす。
「お前は――人間のための犠牲『人柱』だ」
内容が耳をすり抜ける。
犠牲? 人柱? 知らない話の筈だ。なのに知っている気がした。
『ごめんな――人柱が逃げたら崩壊しちゃうだろ?』
聞き取れない言葉の続きが脳裏に響いた。
そうだ、人柱だから……逃げられない。そう考えて己を犠牲にした。
だって……
「人が滅びたら……アモルも……」
滅びてしまう。
神が「あれ」と命じた声と光、続いて作られた人が世界を明るく照らし、その影に悪魔が生まれた。影は光ある限り消すことができない。逆に考えるなら、神が人を滅ぼせば悪魔も滅びるということだ。
「思い……出したの、か?」
アモルの蒼い瞳が潤んで輝きを増す。その海に似た光に、オレは長い息を吐き出した。
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