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52.構わないが、無駄だぞ
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「お前が鍵だ」
『彼』が地上にあれば、ハデスの復活はない。魔王の力が顕現した鎌である以上、地獄でなければ復活させることは不可能だった。彼の人が愛した土地で、彼の人の姿と声、魂があればいつでも甦らせることができる。
アモルの冷たい指先が左の頬に触れる。そっと目の縁まで撫でて、紫の瞳を蒼が覗きこんだ。
身長差で見上げるアモルの整った顔が近づき……唇がそっと合わさる。目を閉じることなくキスを受けたオレの手が、アモルの前髪をかき上げた。
「っ!」
直後、感じた気配に慌てて振り返る。触れていた手が離れてしまったことに、アモルは残念そうに息を吐いた。ざっと風が揺れて、木の葉が舞い落ちる。
「キメリエス」
邪魔をするなという意味を込めて睨みつければ、現れた黒髪黒瞳の悪魔は肩を竦める。大して悪いと思っていないのだろう。他の悪魔が現れたことより、その傍らに立つ存在にオレの視線は釘付けだった。
長い前髪が顔の半分を覆っている青年は、いつもと変わらぬ落ち着いた眼差しでオレを見つめる。
「ラ……ウム……?」
緑の瞳がひとつ瞬きし、悪魔祓いであるはずの同僚は「セイル」と名を呼んだ。
なぜ、ラウムがここに? 悪魔と一緒に居た理由は……。
混乱に眩暈すら感じるオレが口に出来たのは「なぜ」のひと言だけ。
「まだ戻らぬのか」
呆れ半分の口調でキメリエスが呟く。
「一度殺してしまえばいい。それで封印が解けるのではないか?」
物騒な発言をするキメリエスを、ラウムが穏やかな声で宥める。左手でキメリエスの肩に触れるその様子は慣れていて、浅い付き合いでないことを匂わせた。
「以前もそれで失敗しただろう」
以前も? 言葉に引っかかる。
確か、ハデスを砕いた際もアモルが「今一度」という言葉を使った。偶然とも思えず、考え込んだオレは視線を伏せる。
すでに一度砕かれて、もう一度同じ目にあったハデス――ならば、オレも一度殺されたのか? 封印とやらを解くために。だからアモルは100年の契約を結んでまで、オレを手に入れようとした。
ただの人間を欲しがったアモルの言動が、徐々に繋がっていく。
彼ら悪魔にとって100年は瞬きほどの短い時間で、たいした損失でないのだろう。簡単に契約した理由が読めた気がして、オレは唇を噛みしめる。
騙された――そんな被害者意識だけが肥大していく。
「……セイル?」
怪訝そうに声をかけるアモルの蒼い瞳を食い入るように見つめ、「また殺すのか?」と問う。途端にアモルの表情が変わった。首を横に振り否定する仕草と、期待に満ちた声がちぐはぐな印象をもたらす。
「いや」
『セイル』
沈黙していたハデスの声と、アモルの否定が重なった。左手の中で存在を主張する相棒をみやり、オレはゆっくりと鎌を持ち上げる。ほとんど重さを感じさせない鎌は腕の延長のような自由さで、その切っ先をアモルの首筋へ向けた。
息を飲んだのはラウムとキメリエスで、アモルは口元に笑みを浮かべる。
「貴様っ!」
キメリエスの声を、片手をあげたアモルがさえぎる。
「構わない。セイル、無駄だぞ」
「……無駄かどうか、切り落とせばわかるさ」
この美しい悪魔を殺せば、自分の命もない。キメリエスという悪魔や裏切り者のラウムに殺されるだろう。人の振りをしていたラウムも、どうせ封印を解くためにオレを監視していた。ここに味方はなく、ハデスも完全に信じ切れない。
もう……いい。
投げやりな気持ちでハデスを振り下ろした。
『彼』が地上にあれば、ハデスの復活はない。魔王の力が顕現した鎌である以上、地獄でなければ復活させることは不可能だった。彼の人が愛した土地で、彼の人の姿と声、魂があればいつでも甦らせることができる。
アモルの冷たい指先が左の頬に触れる。そっと目の縁まで撫でて、紫の瞳を蒼が覗きこんだ。
身長差で見上げるアモルの整った顔が近づき……唇がそっと合わさる。目を閉じることなくキスを受けたオレの手が、アモルの前髪をかき上げた。
「っ!」
直後、感じた気配に慌てて振り返る。触れていた手が離れてしまったことに、アモルは残念そうに息を吐いた。ざっと風が揺れて、木の葉が舞い落ちる。
「キメリエス」
邪魔をするなという意味を込めて睨みつければ、現れた黒髪黒瞳の悪魔は肩を竦める。大して悪いと思っていないのだろう。他の悪魔が現れたことより、その傍らに立つ存在にオレの視線は釘付けだった。
長い前髪が顔の半分を覆っている青年は、いつもと変わらぬ落ち着いた眼差しでオレを見つめる。
「ラ……ウム……?」
緑の瞳がひとつ瞬きし、悪魔祓いであるはずの同僚は「セイル」と名を呼んだ。
なぜ、ラウムがここに? 悪魔と一緒に居た理由は……。
混乱に眩暈すら感じるオレが口に出来たのは「なぜ」のひと言だけ。
「まだ戻らぬのか」
呆れ半分の口調でキメリエスが呟く。
「一度殺してしまえばいい。それで封印が解けるのではないか?」
物騒な発言をするキメリエスを、ラウムが穏やかな声で宥める。左手でキメリエスの肩に触れるその様子は慣れていて、浅い付き合いでないことを匂わせた。
「以前もそれで失敗しただろう」
以前も? 言葉に引っかかる。
確か、ハデスを砕いた際もアモルが「今一度」という言葉を使った。偶然とも思えず、考え込んだオレは視線を伏せる。
すでに一度砕かれて、もう一度同じ目にあったハデス――ならば、オレも一度殺されたのか? 封印とやらを解くために。だからアモルは100年の契約を結んでまで、オレを手に入れようとした。
ただの人間を欲しがったアモルの言動が、徐々に繋がっていく。
彼ら悪魔にとって100年は瞬きほどの短い時間で、たいした損失でないのだろう。簡単に契約した理由が読めた気がして、オレは唇を噛みしめる。
騙された――そんな被害者意識だけが肥大していく。
「……セイル?」
怪訝そうに声をかけるアモルの蒼い瞳を食い入るように見つめ、「また殺すのか?」と問う。途端にアモルの表情が変わった。首を横に振り否定する仕草と、期待に満ちた声がちぐはぐな印象をもたらす。
「いや」
『セイル』
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もう……いい。
投げやりな気持ちでハデスを振り下ろした。
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