【完結】左目をやる契約をしたら、極上の美形悪魔に言い寄られています

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)

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46.汝の血で署名を

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「いい加減、来い」

 柔らかい声と言葉、なぜか懐かしさを感じて心が揺れた。

「……戻る……?」

 気になる言い回しを繰り返す唇を、アモルの人差し指がなぞる。爪の先まで整えられた指は、オレの疑問をかき回すように優しく触れて離れた。

「戻れば、ハデスも返してやる」

 さらりと告げて、小首を傾げる。その姿は決断をこちらに任せているように見せて、逆に思い通り操ろうとする意思が透けていた。だが提示される条件はこちらに有利なものばかりで、抗いがたい魅力がある。

「本当に?」

 疑い深いオレの呟きに、アモルは少しだけ哀しそうな顔をした。

「お前が疑うのは当然だが、俺はお前に嘘を吐かない」

 今の言葉、そのものが嘘でない保証はない。人を騙すのは悪魔の十八番で、いつだって人間は騙され傷つけられ、殺されてきたのだ。それでも、信じたいと思ってしまった。信じて救われるなら、犠牲が1人で済むなら……と。

「条件を再確認するが、オレと引き換えにお前は何を差し出す?」

 昔からの癖で三つ編みの穂先を弄りながら、注意深くアモルを見つめる。青紫の瞳に映る悪魔は、すこしだけ表情を和らげてゆっくり言葉を紡いだ。

「人間を襲う魔物たちを止めてやろう。望むならハデスも戻してやる……ほかに望みは?」

 ああ、『彼』と同じ癖だ。長い髪の先を弄るのも、視線の高さをあわせて覗き込む仕草も……すべて同じだった。懐かしさにアモルの顔が緩む。唇がゆっくりと弓をひき、自然と笑みが浮かんでいた。

「人間を襲わない期間は?」

「お前が俺のものである間だ」

「不安定だな」

 いつ殺されるか。それによって人間が享受できる恩恵が変わるのは気に入らない。オレの言い分に、アモルは穏やかに頷いて言葉を訂正した。

「ならば、100年――人間の命の対価と考えれば充分だろう?」

 破格の提示だ。有利すぎて怖いくらいの条件に、オレはゆっくりと息を吸い込んだ。

 もう迷っても仕方ない。悪魔との契約によりこの身を滅ぼしたとして、最後の審判で裁かれたとしても……これから魔物に殺される人を助けることができるなら、構わないと思えた。100年の長きにわたり人と悪魔を分断できるなら、それは人間1人以上の価値がある。

「わかった……契約しよう、アモル」

『我アモルはアスモデウスの名をもって、ここに契約を成す。セイル・サマエルを対価として、すべての魔物は我に従い爪と牙を収めよ』

 声にならないアモルの宣誓と、爪によって裂かれた手のひらからの血が魔方陣を描き出す。冷たい空気が周囲を冷やし、走る赤い血が契約書をつづって光を帯びた。

『汝の血で署名を』

 オレは尖った犬歯で左手の薬指を噛み切る。一番心臓に近い指の血をもって、契約書に名を綴る。手は震えることなく、オレは署名を終えると顔を上げた。

 後悔も未練もない。

「これで、お前は俺のものだ」

 嬉しそうに顔を寄せたアモルが、オレの首に手を巻きつける。白い翼の成せる技か、魔力の持つ術か。アモルの体重はほぼ感じられず、反射的に抱き止めたオレの頬に頬が触れた。人外の冷たい肌がオレの体温に馴染む頃、ようやくアモルは首筋に埋めていた顔を上げる。

 間近で見つめる悪魔は美しく、蒼い瞳を柔らかく細めて笑みを浮かべていた。
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