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42.先に人を滅ぼそうか
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突きつけられた十字架が壁となる。触れられない距離に、アモルは蒼い瞳を細めた。失敗したと思ったのか。計算高いアモルの口元に笑みが浮かんだ。
己の外見が魅力的なこと、提案が容易に退けられないことを、すべて理解して利用してきたアモルにとって、この程度の抵抗は予想のうちらしい。口元の笑みは常に美しかった。
「おまえが俺のものになる必要はない。俺をおまえのものにすればいいだろう?」
所有の意思が逆でも構わない。そう譲歩して微笑む悪魔に、困惑の表情を浮かべてオレは視線を伏せた。アモルはオレが欲しいと言った。その意味は所有か殺害のため、そう考えていた。だが、逆でもいいと発言されると惑わされる。
高位の悪魔の譲歩は前例がないが、魔物を捕まえて使役する術があるのは知られた話だ。本能で動く魔物を魅惑し、支配し、使役するのは理解できる。捕らえた野生の馬を調教するのと変わらなかった。
しかし……アモルほどの高位悪魔を、人間風情が所有できるのか? オレはそう考えて迷う。悪魔と対峙するのに、僅かでも迷ったり絆されたら終わりだというのに。それでも「もしかしたら」と期待してしまう。
アモルが手に入れば、広範囲の人々を救える。手の届く範囲しか守れぬハデスでは助けられない人も、すべて……。なんとも魅力的な提案だった。
「俺を得れば、おまえの望むとおりに人間を守ってやれるぞ」
さらに続けらた誘いは甘く、手を伸ばさずにいられない。ごくりと喉が動いたことで、オレは自分が酷く緊張していたことに気付かされた。握り締めていた拳を開いて、オレはひとつ深呼吸する。
悪魔の罠の狡猾さは、よく知っているだろう。気持ちを落ち着けて整理しないと、絡めとられて取り返しがつかなくなる。己に言い聞かせ、反論した。
「ハデスを砕いたくせに?」
オレが人々を守るために使用する武器を砕いたくせに。それでも人間を守ると言い切れるのか_ 皮肉気な響きでアモルと距離を置いたオレへ、くすくす笑い出した悪魔が小首を傾げる。さらりと黒髪が流れた。
「さきほども言っただろう。俺は今一度砕いた、と。つまり甦らせることもできる」
その術も知っている。平然とジョーカーを切った悪魔は一歩踏み出し、オレの頬へ手を伸ばした。ひんやりと体温が感じられない手が頬を滑り、首筋に移動する。冷たさより、首へ触れられた意味を読んで背筋がぞくりとした。
取引として渡した血……ハデスは何と言っていた? 闇に堕ちる、警告された言葉が過ぎって、反射的にアモルの手を叩き落す。本能的な恐怖が身体を支配した。
この手は……危険だ。
「っ……」
叩き落された手で黒髪をかき上げたアモルが笑みを消した。
「そこまで拒否するなら、人類を滅ぼしてから話をしようか」
疑問系ではなく、確定した未来を語るように……淡々と残酷な結末を言い聞かせるアモルの声は、聞いたことがないほど冷たい。本能的な恐怖が背筋を這い上がった。
アモルは本気だ。そして、彼はそれだけの実力を持っている。
ふと、リリトの元を訪れたあの朝の会話が甦った。彼女はまるで、人類の滅びをみたような口ぶりではなかったか? だとしたら、彼女が視た未来はオレが選んだ結果……?
「待て……っ」
「本気で食い止める気になったら、俺の名を呼べ」
直後にアモルの姿は消えていた。足元には砕けたハデスの欠片が、きらきらと月光を弾いている。窓の外は暗く、月以外の明かりは感じられなかった。星がすべて消えたのではないかと思うほど、夜空は黒く重い。
「……オレは」
選択を間違えたのだろうか。
己を犠牲にして他人を助けることを、どうして躊躇った。突然ハデスが止めに入ったのは、何故だ? 砕けた彼の「無駄になる」とは何を示している?
混乱が混乱を呼んで、眩暈がする。座り込んだベッドから見上げる月は青白くて、注がれる冷たい光に身震いした。
己の外見が魅力的なこと、提案が容易に退けられないことを、すべて理解して利用してきたアモルにとって、この程度の抵抗は予想のうちらしい。口元の笑みは常に美しかった。
「おまえが俺のものになる必要はない。俺をおまえのものにすればいいだろう?」
所有の意思が逆でも構わない。そう譲歩して微笑む悪魔に、困惑の表情を浮かべてオレは視線を伏せた。アモルはオレが欲しいと言った。その意味は所有か殺害のため、そう考えていた。だが、逆でもいいと発言されると惑わされる。
高位の悪魔の譲歩は前例がないが、魔物を捕まえて使役する術があるのは知られた話だ。本能で動く魔物を魅惑し、支配し、使役するのは理解できる。捕らえた野生の馬を調教するのと変わらなかった。
しかし……アモルほどの高位悪魔を、人間風情が所有できるのか? オレはそう考えて迷う。悪魔と対峙するのに、僅かでも迷ったり絆されたら終わりだというのに。それでも「もしかしたら」と期待してしまう。
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「俺を得れば、おまえの望むとおりに人間を守ってやれるぞ」
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「ハデスを砕いたくせに?」
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「さきほども言っただろう。俺は今一度砕いた、と。つまり甦らせることもできる」
その術も知っている。平然とジョーカーを切った悪魔は一歩踏み出し、オレの頬へ手を伸ばした。ひんやりと体温が感じられない手が頬を滑り、首筋に移動する。冷たさより、首へ触れられた意味を読んで背筋がぞくりとした。
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この手は……危険だ。
「っ……」
叩き落された手で黒髪をかき上げたアモルが笑みを消した。
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アモルは本気だ。そして、彼はそれだけの実力を持っている。
ふと、リリトの元を訪れたあの朝の会話が甦った。彼女はまるで、人類の滅びをみたような口ぶりではなかったか? だとしたら、彼女が視た未来はオレが選んだ結果……?
「待て……っ」
「本気で食い止める気になったら、俺の名を呼べ」
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「……オレは」
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