【完結】左目をやる契約をしたら、極上の美形悪魔に言い寄られています

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)

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34.招き入れたのはお前だろう

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 悪魔の大攻勢が始まる――その噂は瞬く間に広がった。

 己の命に関わる問題だ。敏感になるのも当然だろう。冷めた頭の片隅でそう考えながら、薄暗い廊下を曲がった先に友人の姿をみつけた。

「セイル」

 いつもと変わらぬ淡々とした様子のラウムにひらりと手を振り、近づいて壁際に身を寄せる。同じようにして話し込んでいる同業者を横目に、普段通りの笑顔を作った。

「よう、元気か?」

「ああ……大変な騒ぎだな」

 他人事のように呟くラウムは苦笑いを浮かべ、肩を竦めたオレが三つ編みの穂先を指先で弄る。少し肌寒い廊下の空気が、余計に暗い方向へと考えを引っ張るらしい。周囲から聞こえる悲観的な話を笑い飛ばすように、オレが大きめに言葉を発した。

「まったく……まだ現実になるかもわからないってのに、対策考えたって仕方ないだろ。いまのうちに退職するとか? 能力持ってりゃ狙われるのは一般人でも同じだし、食い止める方法を検討する方が建設的だぜ」

 一瞬、飲まれたように静まり返った周囲を気にせず、オレは黒いローブを翻してラウムを促す。一緒に並んで歩き出す長身を包むローブは、悪魔祓いの中でも最上級の力を持つものに与えられた目印だった。そのローブを羽織る2人の飄々とした態度に、周囲の不安が目に見えて軽減される。

 わずかに軽くなった空気に苦笑を深めるラウムへ、ウィンクをひとつしたオレが「ところで……」と切り出した。

「正直、勝てると思うか?」

 他の人間には聞けないことだった。クルスもリリトも、立場があるから本音で話せない。友人であり、自分に近いレベルに立つ男の意見には興味があった。

 小首を傾げて返答を待てば、少しだけ眉を寄せたラウムが小声で返す。

「厳しいな」

「やっぱり」

 自分と同意見だと知り、オレは大きくため息を吐いた。悪魔祓いの力は珍しい部類に入る。信仰が厚いだけで得られる力ではなく、持って生まれた能力を磨いた者が多かった。つまり、後天的に身に着けることは厳しいのだ。

 現在、協会に所属している能力者は2000人前後――悪魔は聖書の数字に表される通り、666匹。単純に数だけならば勝てそうだが、100人集めても勝てそうにない上級クラスの割合がわからない。アモルのような実力者が何人参加し、どのくらいいるのか。とにかく情報が足りなかった。

 そして、彼らには無垢な羊たちを惑わせて羊飼いを襲わせるという方法がある。

「まいったな。アイツだけでも持て余してるってのに」

 ぼやいて角を曲がり、その先にある庭へと足を向けた。噴水が光をまとって飛び散る横を通り、背後に壁しかないベンチに落ち着く。ここならば何を話しても誰かに聞かれる心配は要らない。正面の噴水を見つめるオレに、同じように噴水へ視線を向けたラウムが呟いた。

「あの悪魔の言葉は信用できるのか?」

「信頼してないが、信用は出来るな。すくなくとも嘘は言ってないだろう」

 経験や直感をごちゃまぜにしたオレに対し、長い前髪の青年は何も指摘しなかった。ただ深く頷き、ひとつため息を漏らす。

「それは嬉しい評価だな」

 心底嬉しそうな声色に、ぎくりと身体を強張らせる。ゆっくり左側を見れば、明るい太陽に似つかわしくない人物が立っていた。美しい黒髪は、太陽の下だと緑色を帯びた不思議な色に見える。蒼く透き通ったサファイア色の瞳は大きく、象牙色の健康そうな肌を彩っていた。

「……ァ、モル?」

 思わず声が裏返ったオレの三つ編みに手を伸ばし、アモルは満足そうに頷く。

「えっと……ここは、一応教会……つうか、悪魔祓いの本拠地でさ……その……」

「招き入れたのはお前だろう」

 悪気なく言われた言葉に、思い当たって頭を抱える。たしかに……名を呼んで召喚したあげく、クルスに会わせるためにドアを開いて招き入れた。言われるまでもなく、悪魔をさえぎる結界がアモルに作用することはない。

 悪魔、吸血鬼……そういった人外を招き入れる危険性を一番知っている筈の自分が、なんで失念していた? がくりと項垂れるオレの隣で、ラウムは瞬きしたあと「座るか?」とベンチを譲る仕草を見せている。

 相手が誰でも動じないのはラウムの美点だが、さすがに驚いて欲しい……いや、驚いた態度を見せて欲しかった。地にもぐりそうなほど深いため息を吐き、オレはようやく顔を上げる。

「で……御用は?」
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