34 / 61
34.招き入れたのはお前だろう
しおりを挟む
悪魔の大攻勢が始まる――その噂は瞬く間に広がった。
己の命に関わる問題だ。敏感になるのも当然だろう。冷めた頭の片隅でそう考えながら、薄暗い廊下を曲がった先に友人の姿をみつけた。
「セイル」
いつもと変わらぬ淡々とした様子のラウムにひらりと手を振り、近づいて壁際に身を寄せる。同じようにして話し込んでいる同業者を横目に、普段通りの笑顔を作った。
「よう、元気か?」
「ああ……大変な騒ぎだな」
他人事のように呟くラウムは苦笑いを浮かべ、肩を竦めたオレが三つ編みの穂先を指先で弄る。少し肌寒い廊下の空気が、余計に暗い方向へと考えを引っ張るらしい。周囲から聞こえる悲観的な話を笑い飛ばすように、オレが大きめに言葉を発した。
「まったく……まだ現実になるかもわからないってのに、対策考えたって仕方ないだろ。いまのうちに退職するとか? 能力持ってりゃ狙われるのは一般人でも同じだし、食い止める方法を検討する方が建設的だぜ」
一瞬、飲まれたように静まり返った周囲を気にせず、オレは黒いローブを翻してラウムを促す。一緒に並んで歩き出す長身を包むローブは、悪魔祓いの中でも最上級の力を持つものに与えられた目印だった。そのローブを羽織る2人の飄々とした態度に、周囲の不安が目に見えて軽減される。
わずかに軽くなった空気に苦笑を深めるラウムへ、ウィンクをひとつしたオレが「ところで……」と切り出した。
「正直、勝てると思うか?」
他の人間には聞けないことだった。クルスもリリトも、立場があるから本音で話せない。友人であり、自分に近いレベルに立つ男の意見には興味があった。
小首を傾げて返答を待てば、少しだけ眉を寄せたラウムが小声で返す。
「厳しいな」
「やっぱり」
自分と同意見だと知り、オレは大きくため息を吐いた。悪魔祓いの力は珍しい部類に入る。信仰が厚いだけで得られる力ではなく、持って生まれた能力を磨いた者が多かった。つまり、後天的に身に着けることは厳しいのだ。
現在、協会に所属している能力者は2000人前後――悪魔は聖書の数字に表される通り、666匹。単純に数だけならば勝てそうだが、100人集めても勝てそうにない上級クラスの割合がわからない。アモルのような実力者が何人参加し、どのくらいいるのか。とにかく情報が足りなかった。
そして、彼らには無垢な羊たちを惑わせて羊飼いを襲わせるという方法がある。
「まいったな。アイツだけでも持て余してるってのに」
ぼやいて角を曲がり、その先にある庭へと足を向けた。噴水が光をまとって飛び散る横を通り、背後に壁しかないベンチに落ち着く。ここならば何を話しても誰かに聞かれる心配は要らない。正面の噴水を見つめるオレに、同じように噴水へ視線を向けたラウムが呟いた。
「あの悪魔の言葉は信用できるのか?」
「信頼してないが、信用は出来るな。すくなくとも嘘は言ってないだろう」
経験や直感をごちゃまぜにしたオレに対し、長い前髪の青年は何も指摘しなかった。ただ深く頷き、ひとつため息を漏らす。
「それは嬉しい評価だな」
心底嬉しそうな声色に、ぎくりと身体を強張らせる。ゆっくり左側を見れば、明るい太陽に似つかわしくない人物が立っていた。美しい黒髪は、太陽の下だと緑色を帯びた不思議な色に見える。蒼く透き通ったサファイア色の瞳は大きく、象牙色の健康そうな肌を彩っていた。
「……ァ、モル?」
思わず声が裏返ったオレの三つ編みに手を伸ばし、アモルは満足そうに頷く。
「えっと……ここは、一応教会……つうか、悪魔祓いの本拠地でさ……その……」
「招き入れたのはお前だろう」
悪気なく言われた言葉に、思い当たって頭を抱える。たしかに……名を呼んで召喚したあげく、クルスに会わせるためにドアを開いて招き入れた。言われるまでもなく、悪魔をさえぎる結界がアモルに作用することはない。
悪魔、吸血鬼……そういった人外を招き入れる危険性を一番知っている筈の自分が、なんで失念していた? がくりと項垂れるオレの隣で、ラウムは瞬きしたあと「座るか?」とベンチを譲る仕草を見せている。
相手が誰でも動じないのはラウムの美点だが、さすがに驚いて欲しい……いや、驚いた態度を見せて欲しかった。地にもぐりそうなほど深いため息を吐き、オレはようやく顔を上げる。
「で……御用は?」
己の命に関わる問題だ。敏感になるのも当然だろう。冷めた頭の片隅でそう考えながら、薄暗い廊下を曲がった先に友人の姿をみつけた。
「セイル」
いつもと変わらぬ淡々とした様子のラウムにひらりと手を振り、近づいて壁際に身を寄せる。同じようにして話し込んでいる同業者を横目に、普段通りの笑顔を作った。
「よう、元気か?」
「ああ……大変な騒ぎだな」
他人事のように呟くラウムは苦笑いを浮かべ、肩を竦めたオレが三つ編みの穂先を指先で弄る。少し肌寒い廊下の空気が、余計に暗い方向へと考えを引っ張るらしい。周囲から聞こえる悲観的な話を笑い飛ばすように、オレが大きめに言葉を発した。
「まったく……まだ現実になるかもわからないってのに、対策考えたって仕方ないだろ。いまのうちに退職するとか? 能力持ってりゃ狙われるのは一般人でも同じだし、食い止める方法を検討する方が建設的だぜ」
一瞬、飲まれたように静まり返った周囲を気にせず、オレは黒いローブを翻してラウムを促す。一緒に並んで歩き出す長身を包むローブは、悪魔祓いの中でも最上級の力を持つものに与えられた目印だった。そのローブを羽織る2人の飄々とした態度に、周囲の不安が目に見えて軽減される。
わずかに軽くなった空気に苦笑を深めるラウムへ、ウィンクをひとつしたオレが「ところで……」と切り出した。
「正直、勝てると思うか?」
他の人間には聞けないことだった。クルスもリリトも、立場があるから本音で話せない。友人であり、自分に近いレベルに立つ男の意見には興味があった。
小首を傾げて返答を待てば、少しだけ眉を寄せたラウムが小声で返す。
「厳しいな」
「やっぱり」
自分と同意見だと知り、オレは大きくため息を吐いた。悪魔祓いの力は珍しい部類に入る。信仰が厚いだけで得られる力ではなく、持って生まれた能力を磨いた者が多かった。つまり、後天的に身に着けることは厳しいのだ。
現在、協会に所属している能力者は2000人前後――悪魔は聖書の数字に表される通り、666匹。単純に数だけならば勝てそうだが、100人集めても勝てそうにない上級クラスの割合がわからない。アモルのような実力者が何人参加し、どのくらいいるのか。とにかく情報が足りなかった。
そして、彼らには無垢な羊たちを惑わせて羊飼いを襲わせるという方法がある。
「まいったな。アイツだけでも持て余してるってのに」
ぼやいて角を曲がり、その先にある庭へと足を向けた。噴水が光をまとって飛び散る横を通り、背後に壁しかないベンチに落ち着く。ここならば何を話しても誰かに聞かれる心配は要らない。正面の噴水を見つめるオレに、同じように噴水へ視線を向けたラウムが呟いた。
「あの悪魔の言葉は信用できるのか?」
「信頼してないが、信用は出来るな。すくなくとも嘘は言ってないだろう」
経験や直感をごちゃまぜにしたオレに対し、長い前髪の青年は何も指摘しなかった。ただ深く頷き、ひとつため息を漏らす。
「それは嬉しい評価だな」
心底嬉しそうな声色に、ぎくりと身体を強張らせる。ゆっくり左側を見れば、明るい太陽に似つかわしくない人物が立っていた。美しい黒髪は、太陽の下だと緑色を帯びた不思議な色に見える。蒼く透き通ったサファイア色の瞳は大きく、象牙色の健康そうな肌を彩っていた。
「……ァ、モル?」
思わず声が裏返ったオレの三つ編みに手を伸ばし、アモルは満足そうに頷く。
「えっと……ここは、一応教会……つうか、悪魔祓いの本拠地でさ……その……」
「招き入れたのはお前だろう」
悪気なく言われた言葉に、思い当たって頭を抱える。たしかに……名を呼んで召喚したあげく、クルスに会わせるためにドアを開いて招き入れた。言われるまでもなく、悪魔をさえぎる結界がアモルに作用することはない。
悪魔、吸血鬼……そういった人外を招き入れる危険性を一番知っている筈の自分が、なんで失念していた? がくりと項垂れるオレの隣で、ラウムは瞬きしたあと「座るか?」とベンチを譲る仕草を見せている。
相手が誰でも動じないのはラウムの美点だが、さすがに驚いて欲しい……いや、驚いた態度を見せて欲しかった。地にもぐりそうなほど深いため息を吐き、オレはようやく顔を上げる。
「で……御用は?」
0
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる