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33.悪魔は神の手の外にいる
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「朝早くからご苦労様」
予想していた通り、すっかり身支度を整えた美女は淡い金髪を揺らして笑う。無邪気というには世の中の闇を知り過ぎた彼女の笑みは、どこか苦い感情を滲ませていた。
リリトが進めるまま室内に踏み込んだオレは、挨拶も前置きもなしで核心に切り込む。
「……暗黒時代が再来する可能性がある」
暗黒の名をいただく中世の数十年――無辜の羊たちが殺された。
悪魔祓いとしての力を持つ者も密告と勘違いから人の手で殺され、また悪魔の手で消されたのだ。裏も表も甚大な被害を出したあの時代の幕開けは、魔王と呼ばれた男の存在から始まったと伝えられている。かの魔王は美しい外見を持ち、強大な力で人間を蹂躙した。
人々は魔王を恐れ、互いに疑心暗鬼に襲われて密告しあったという。
二度と訪れてはならない魔女狩りの再来を匂わせた悪魔の言霊を、リリトはすでに知っているようだった。菫色の瞳を伏せ、小さく嘆息する。
「私には防げない。レティシア様やクルスにも……」
表で教皇を担う純粋な少女と裏を纏める青年、どちらも手を出せない。彼と彼女らがいくら動いても、時代の流れを逆行させることは出来なかった。
神が創りて、人が均した現世は――悪魔により壊される。リリトが予知した未来は基本的に変えられず、どんなに自己暗示をかけても変更は認められないのだ。
哀しそうに呟いた彼女の姿に、オレはそれ以上何も言葉が見つからずに唇を噛みしめた。
「神のご意思ではないけれど……悪魔は神の手の外にいるのよ」
神が創りたかった人の世の光に影が出来た。その影が悪魔であり、魔物である。人を慈しみ育てれば、悪魔も同じだけ大きく広がってしまう。全能を掲げる神をしても切り離すことが出来ない背合わせの世界。
「邪魔した……」
「いいえ」
普段は自信満々で傲慢に振舞うリリトが、今はまるで子供のようにうなだれている。落とした肩にぽんと触れ、オレは指先で三つ編みをくるりと回した。
「ま、なんとかするさ。そうだろ?」
悪魔の好き勝手にさせる気はないと強がれば、苦笑いに近い笑みを浮かべたリリトが頷く。幼い頃から知る彼女の本質が、ひどく脆いことを知っているからオレは笑顔を作った。
「魔王並みの力があれば、世界をひっくり返せるんだけどなぁ」
「……そうね」
同意とも否定とも取れる預言者の声を背に受け、オレは手を振って部屋を出る。彼女の予知は、アモルの言葉通りの未来を示していた。ならば、悪魔による羊狩りが始まるのは間違いない。
「迷ってる暇はない、か」
日が昇った廊下の明るさと不似合いな呟きは、沈んだ音を響かせる。歩き出したオレの足取りは重く、からの左手を見つめる眼差しは暗かった。
*****SIDE アモル
上機嫌で森の木にふわりと降り立つ。白い翼をばさりと揺らし、きょろきょろと周囲を見回した。
「キメリエス?」
「なんだ」
少し離れた場所で大木に背を預けていた黒髪の悪魔へ近づき、俺は嬉しそうに頬を緩めた。
「布石を打った」
黒曜石のような瞳がアモルを捉え、すぐに口元が弧を描いた。キメリエスの強気で好戦的な雰囲気そのままの笑みは、見る者を惹きつける。好んで纏う白い服の裾を揺らして身を起こした。
「わかった、俺も動く」
セイルたち人間を動かすのは俺、逆に悪魔を統率するのがキメリエス――同じ目的の為に手を組んだ2人の顔に、ひどく悪魔らしい表情が浮かんだ。ひどく美しく魅惑的で、どこまでも禍々しく不吉な笑み。
暗黒の時代は訪れる。キメリエスの手によって……確実に起きる狼の蜂起だった。抑えつけた欲を放てば、数の少ない悪魔祓いは追い込まれる。
「今度こそ」
成功させてみせる。強い決意を滲ませた俺の呟きに、キメリエスは無言で頷いた。
目的を果たすために、どれだけの羊が殺されようと死のうと構わない。羊飼いも神も、好きなだけ怨嗟を吐いて呪えばいい。巻き込まれる多くの悪魔が消されることも気にならなかった。
ただ……取り戻したい過去がある。
何を犠牲にしても。
「キメリエスも……」
「ああ、見つけるさ」
失った片割れを求めるキメリエスの決意を滲ませた同意に、アモルはゆっくりと目を伏せた。
互いの願いが叶うことを祈るように――。
予想していた通り、すっかり身支度を整えた美女は淡い金髪を揺らして笑う。無邪気というには世の中の闇を知り過ぎた彼女の笑みは、どこか苦い感情を滲ませていた。
リリトが進めるまま室内に踏み込んだオレは、挨拶も前置きもなしで核心に切り込む。
「……暗黒時代が再来する可能性がある」
暗黒の名をいただく中世の数十年――無辜の羊たちが殺された。
悪魔祓いとしての力を持つ者も密告と勘違いから人の手で殺され、また悪魔の手で消されたのだ。裏も表も甚大な被害を出したあの時代の幕開けは、魔王と呼ばれた男の存在から始まったと伝えられている。かの魔王は美しい外見を持ち、強大な力で人間を蹂躙した。
人々は魔王を恐れ、互いに疑心暗鬼に襲われて密告しあったという。
二度と訪れてはならない魔女狩りの再来を匂わせた悪魔の言霊を、リリトはすでに知っているようだった。菫色の瞳を伏せ、小さく嘆息する。
「私には防げない。レティシア様やクルスにも……」
表で教皇を担う純粋な少女と裏を纏める青年、どちらも手を出せない。彼と彼女らがいくら動いても、時代の流れを逆行させることは出来なかった。
神が創りて、人が均した現世は――悪魔により壊される。リリトが予知した未来は基本的に変えられず、どんなに自己暗示をかけても変更は認められないのだ。
哀しそうに呟いた彼女の姿に、オレはそれ以上何も言葉が見つからずに唇を噛みしめた。
「神のご意思ではないけれど……悪魔は神の手の外にいるのよ」
神が創りたかった人の世の光に影が出来た。その影が悪魔であり、魔物である。人を慈しみ育てれば、悪魔も同じだけ大きく広がってしまう。全能を掲げる神をしても切り離すことが出来ない背合わせの世界。
「邪魔した……」
「いいえ」
普段は自信満々で傲慢に振舞うリリトが、今はまるで子供のようにうなだれている。落とした肩にぽんと触れ、オレは指先で三つ編みをくるりと回した。
「ま、なんとかするさ。そうだろ?」
悪魔の好き勝手にさせる気はないと強がれば、苦笑いに近い笑みを浮かべたリリトが頷く。幼い頃から知る彼女の本質が、ひどく脆いことを知っているからオレは笑顔を作った。
「魔王並みの力があれば、世界をひっくり返せるんだけどなぁ」
「……そうね」
同意とも否定とも取れる預言者の声を背に受け、オレは手を振って部屋を出る。彼女の予知は、アモルの言葉通りの未来を示していた。ならば、悪魔による羊狩りが始まるのは間違いない。
「迷ってる暇はない、か」
日が昇った廊下の明るさと不似合いな呟きは、沈んだ音を響かせる。歩き出したオレの足取りは重く、からの左手を見つめる眼差しは暗かった。
*****SIDE アモル
上機嫌で森の木にふわりと降り立つ。白い翼をばさりと揺らし、きょろきょろと周囲を見回した。
「キメリエス?」
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「わかった、俺も動く」
セイルたち人間を動かすのは俺、逆に悪魔を統率するのがキメリエス――同じ目的の為に手を組んだ2人の顔に、ひどく悪魔らしい表情が浮かんだ。ひどく美しく魅惑的で、どこまでも禍々しく不吉な笑み。
暗黒の時代は訪れる。キメリエスの手によって……確実に起きる狼の蜂起だった。抑えつけた欲を放てば、数の少ない悪魔祓いは追い込まれる。
「今度こそ」
成功させてみせる。強い決意を滲ませた俺の呟きに、キメリエスは無言で頷いた。
目的を果たすために、どれだけの羊が殺されようと死のうと構わない。羊飼いも神も、好きなだけ怨嗟を吐いて呪えばいい。巻き込まれる多くの悪魔が消されることも気にならなかった。
ただ……取り戻したい過去がある。
何を犠牲にしても。
「キメリエスも……」
「ああ、見つけるさ」
失った片割れを求めるキメリエスの決意を滲ませた同意に、アモルはゆっくりと目を伏せた。
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