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28.不器用な友人関係
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*****SIDE ラウム
コンコン。
「セイル?」
ノックの音が軽く響き、遠慮なくドアを開く。いくら教団本部内とはいえ、鍵をかけないのはセイルくらいだった。それを知っているから、遠慮なく扉を開いたおれは部屋の様子にため息をついた。
質素倹約を通りこし、もはや貧相としか表現できない部屋はみすぼらしい。足がぐらつく椅子は使い物になりそうにないし、本棚はところどころ棚板が抜けている。そもそも置いてある本は数冊で、本棚など必要ない状況だった。
シーツや毛布は祓魔師見習いが交代で洗濯し、床は掃除されているはずだ。なのに、長い間放置された建物のような雰囲気がある。
どこから拾ってきた? と聞きたくなるような古いベッドに丸くなる姿は、まるで幼子だ。枕を抱きかかえてくるりと身を丸め、他人からの干渉を拒んでいるように見えた。
普段はドアの外の人の気配を感じるほど敏感なので、こんな風に寝ている姿を見せることはない。油断した様子を装いながら隙を見せないセイルの有り様は、その育ちや境遇を考えると納得できた。
大差ない環境で育ったラウムも理解できる部分が多い。だが、そんな彼が起きずに眠っている姿に、よほど傷が酷いのか……と心配に眉を顰める。傷による微熱で勘が鈍っているのだろう。もしかしたら体力回復のための眠りが普段より深いのかもしれない。
「セイル……」
次に声をかけて起きなければ放っておこうと決めて、最後にもう一度だけ名を呼ぶと……彼は飛び起きた。他人が部屋にいることに驚いたらしく、咄嗟にベッドの上を後ろへ逃げ……すぐに瞬きして欠伸をする。
見慣れたおれの姿に安心したのか。それとも咄嗟に過剰反応した自分を誤魔化したいのか。
「ラウムか……どうした?」
小首を傾げて乱れた三つ編みを直している姿は、さきほどまで熟睡していた人間とは思えないほどしっかりしていた。他人を頼ることを覚えたおれと違い、セイルは途上にある。頼ることが自らを弱くすると信じている姿はひどく危うい、と彼が気付くのはまだ先らしい。
不器用な同僚に肩を竦め、さっさと用件を切り出した。
「先日の約束の食事でも……と思ってな」
クルスから頼まれた件を話すにしても、食事でもしながらの方が気楽だ。そう考えて提案するおれに、セイルは一瞬だけ探るように目を細めた。すぐに表情を和らげた彼は笑顔を作る。
「ラウムの奢りだっけ? オレ、美味しいピッツァがいいな」
顔の半分を前髪で隠すおれの表情が苦笑いに変わる。
「わかった……それでいい」
「やったね!」
無邪気に喜んでみせるセイルも、兄よろしく友人の我が侭を許容するおれも、互いが与えられた立場を演じていた。普段と同じように、互いの内面には踏み込まない居心地の良い関係のまま……2人で連れ立って部屋を出る。
「あっ……クルスにまた叱られるな」
顔を顰めて、軟禁状態を匂わせるセイルは困ったと足を止めた。しかし「大丈夫だ、彼は知っている」と告げれば、「あ、ならいいか」と再び歩き出す。
鼻歌まじりにローブを揺らす横顔は、仕事以外で外出することを楽しんでいるようだった。
「傷はどうだ?」
「それが……思ってたより深かったみたいで、まだ塞がらないんだよ」
ぼやきながら包帯を巻いた手を大げさに嘆いてみせる。以前は怪我をしてもセイルが隠すから、指摘されて誤魔化さなくなっただけマシだ。そこに漕ぎつけるまでのクルスの苦労を思い出しながら、柔らかく相槌を打つ。
「イタリアでの仕事はどうだった?」
逆に質問を向けられ、珍しいと目を見開いた後、おれは表情を和らげる。
「珍しい事象だったが、悪魔ではなく自然現象だった」
「そりゃよかった」
世間では「悪魔」絡みの事象は「迷信」だと思われている。科学が進んだ分だけ夜の闇を侵食した人々は、同様に心の闇も減らせたと考えるらしいが……実際には逆だった。夜の闇が減るだけ、心の闇は広がっていく。まるで総量が決まっている箱の中で中身が左右入れ替わるように。
闇が濃くなった人々の心に巣食う悪魔は「心の病という隠れ蓑」を得て、中世の頃より自由に人間たちを捕食した。表に見える科学的な現象しか信じなくなった人々は――信仰すら捻じ曲げて己の利得を追求する。
まさに世紀末と呼ぶに相応しい世界。
「そっちは大変だったな」
「ほんと……厄介な悪魔に気に入られちゃって」
文句を口にしながらも、セイルは大げさに先日から立て続けだった仕事の内容を愚痴り始めた。それを相槌や質問を交えながら聞くおれは、気付かれぬよう溜め息を殺す。
互いに隠し事をしたまま、おれ達は夜の街へ繰り出した。
コンコン。
「セイル?」
ノックの音が軽く響き、遠慮なくドアを開く。いくら教団本部内とはいえ、鍵をかけないのはセイルくらいだった。それを知っているから、遠慮なく扉を開いたおれは部屋の様子にため息をついた。
質素倹約を通りこし、もはや貧相としか表現できない部屋はみすぼらしい。足がぐらつく椅子は使い物になりそうにないし、本棚はところどころ棚板が抜けている。そもそも置いてある本は数冊で、本棚など必要ない状況だった。
シーツや毛布は祓魔師見習いが交代で洗濯し、床は掃除されているはずだ。なのに、長い間放置された建物のような雰囲気がある。
どこから拾ってきた? と聞きたくなるような古いベッドに丸くなる姿は、まるで幼子だ。枕を抱きかかえてくるりと身を丸め、他人からの干渉を拒んでいるように見えた。
普段はドアの外の人の気配を感じるほど敏感なので、こんな風に寝ている姿を見せることはない。油断した様子を装いながら隙を見せないセイルの有り様は、その育ちや境遇を考えると納得できた。
大差ない環境で育ったラウムも理解できる部分が多い。だが、そんな彼が起きずに眠っている姿に、よほど傷が酷いのか……と心配に眉を顰める。傷による微熱で勘が鈍っているのだろう。もしかしたら体力回復のための眠りが普段より深いのかもしれない。
「セイル……」
次に声をかけて起きなければ放っておこうと決めて、最後にもう一度だけ名を呼ぶと……彼は飛び起きた。他人が部屋にいることに驚いたらしく、咄嗟にベッドの上を後ろへ逃げ……すぐに瞬きして欠伸をする。
見慣れたおれの姿に安心したのか。それとも咄嗟に過剰反応した自分を誤魔化したいのか。
「ラウムか……どうした?」
小首を傾げて乱れた三つ編みを直している姿は、さきほどまで熟睡していた人間とは思えないほどしっかりしていた。他人を頼ることを覚えたおれと違い、セイルは途上にある。頼ることが自らを弱くすると信じている姿はひどく危うい、と彼が気付くのはまだ先らしい。
不器用な同僚に肩を竦め、さっさと用件を切り出した。
「先日の約束の食事でも……と思ってな」
クルスから頼まれた件を話すにしても、食事でもしながらの方が気楽だ。そう考えて提案するおれに、セイルは一瞬だけ探るように目を細めた。すぐに表情を和らげた彼は笑顔を作る。
「ラウムの奢りだっけ? オレ、美味しいピッツァがいいな」
顔の半分を前髪で隠すおれの表情が苦笑いに変わる。
「わかった……それでいい」
「やったね!」
無邪気に喜んでみせるセイルも、兄よろしく友人の我が侭を許容するおれも、互いが与えられた立場を演じていた。普段と同じように、互いの内面には踏み込まない居心地の良い関係のまま……2人で連れ立って部屋を出る。
「あっ……クルスにまた叱られるな」
顔を顰めて、軟禁状態を匂わせるセイルは困ったと足を止めた。しかし「大丈夫だ、彼は知っている」と告げれば、「あ、ならいいか」と再び歩き出す。
鼻歌まじりにローブを揺らす横顔は、仕事以外で外出することを楽しんでいるようだった。
「傷はどうだ?」
「それが……思ってたより深かったみたいで、まだ塞がらないんだよ」
ぼやきながら包帯を巻いた手を大げさに嘆いてみせる。以前は怪我をしてもセイルが隠すから、指摘されて誤魔化さなくなっただけマシだ。そこに漕ぎつけるまでのクルスの苦労を思い出しながら、柔らかく相槌を打つ。
「イタリアでの仕事はどうだった?」
逆に質問を向けられ、珍しいと目を見開いた後、おれは表情を和らげる。
「珍しい事象だったが、悪魔ではなく自然現象だった」
「そりゃよかった」
世間では「悪魔」絡みの事象は「迷信」だと思われている。科学が進んだ分だけ夜の闇を侵食した人々は、同様に心の闇も減らせたと考えるらしいが……実際には逆だった。夜の闇が減るだけ、心の闇は広がっていく。まるで総量が決まっている箱の中で中身が左右入れ替わるように。
闇が濃くなった人々の心に巣食う悪魔は「心の病という隠れ蓑」を得て、中世の頃より自由に人間たちを捕食した。表に見える科学的な現象しか信じなくなった人々は――信仰すら捻じ曲げて己の利得を追求する。
まさに世紀末と呼ぶに相応しい世界。
「そっちは大変だったな」
「ほんと……厄介な悪魔に気に入られちゃって」
文句を口にしながらも、セイルは大げさに先日から立て続けだった仕事の内容を愚痴り始めた。それを相槌や質問を交えながら聞くおれは、気付かれぬよう溜め息を殺す。
互いに隠し事をしたまま、おれ達は夜の街へ繰り出した。
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