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25.最大級の礼に感謝を
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優しい手が触れていた気がする。懐かしい感じのする残り香に開いた目に映ったのは、真っ暗な部屋だった。差し込む月光が細く白く室内を照らしている様子から、半日どころかほぼ丸一日寝ていたのだと気付かされる。
「……っ、たく……」
なんて様だ。
自らを叱咤するように悪態をついて身を起こせば、不思議なほど身体が軽い。まるで昨夜の疲れや痛みが消えたような錯覚に襲われた。黒いローブ覆われた己の腕を確認すれば、少し薄くなったものの傷は残されている。
ふぅ……細く長い息を吐き出して気持ちを切り替え、壁に手を沿わせて立ち上がった。貧血で少しふらつくが、思っていたほど酷い状況ではない。出血量の割には動ける自分に感謝したところに、外からノックの音が聞こえた。
遠慮がちな音はコンコンと二度叩いて様子を窺っているようだ。入ってくるなと神父に命じてしまったため、開けるのを躊躇ってるのだろう。一瞬迷うが、「どうぞ」と声を掛けてドアを開く。
驚いたような顔でこちらを見上げるのは、シスターのひとりだった。
「あ、あの……お食事は……それと怪我の手当てを」
「ああ、ありがとうございます。ですが私はこれから戻りますから、結構ですよ。子供達と神父様によろしくお伝えください」
いつもの社交辞令用の文言を口にして、優雅にローブを捌(さば)いて一礼する。そのまま部屋を後にしようとしたオレだったが、ローブの端を引き止められて振り返った。
「お兄ちゃん、ありがと」
少女がはにかんだ笑顔で裾を握っている。
見つかってしまった……なんとなく後ろめたい気分でしゃがみこみ、視線を合わせて笑顔を浮かべた。
「どういたしまして」
「もう帰っちゃうの?」
「ごめんね。まだ用事があるんだ」
報告が残っていることを匂わせて待てば、少女は迷いながら白い包みを差し出す。何が入っているのか、彼女の手に収まりそうな小さな包みを両手でこちらへ押し付けてきた。
「これ、お兄ちゃんに」
「くれるの?」
こくんと頷く少女から受け取った包みは軽くて少し硬い。紙ナプキンで包まれたそれを両手でしっかりと受け取り、オレは「ありがとう」と目を見て礼を口にした。照れて俯いた彼女から視線をあげれば、廊下の先で子供達がこちらを見ている。
どうやら近づいてもいいか、判断に困っているようだった。
裾をつかまれたまま立ち上がり、彼らにも手を振る。
「ありがとな」
少女に渡された包みを示せば、嬉しそうな顔で騒ぐ子供達が駆け寄ってきた。口々に別れと礼を口にする彼らに見送られて教会を後にする。いつの間にか神父やシスターを含めた大人数での見送りになっており、気恥ずかしさを隠すために笑顔を貼り付けたまま、出来るだけ早足で教会から離れた。
やっと声が届かない位置まできて、ふと手の中の包みが気になって開く。途端にパン特有の発酵した匂いが広がった。
「まいったな」
あの子供達にとって、食事がどれだけ楽しみか知っている。自分もそうだったから……粗末な食事でも、硬いパンでも、口に出来るだけ幸せだった。そんな彼らがパンを分けてくれる意味を、深く受け止める。
最上級の礼だった。
本部で与えられる豪華な食事や金貨より、ずっと重くて価値のある謝礼に胸が熱くなる。そのままパンを渡せば返されると知っていたのか、包んで中身を見えないように工夫したときの気持ちまで伝わってきた。
少しだけ齧ってみる。
塩味だけの硬いパンは、口の中にいつまでも残る。足をすすめながら、ゆっくりと咀嚼した。懐かしい味に自然と笑みが浮かんで気分が上向く。あの頃もよく硬いパンを齧った。塩味の薄いスープに浸して、それでも幸せだった記憶が蘇る。
ハデスのこと、アモルのこと……いろいろと悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。どうせなるようにしかならないのだ。今悩んで答えが出ることでもないだろう。
「……なんだかんだ、オレって恵まれてるんだよなぁ」
呟いて、手の中のパンを見つめる。
忌み嫌われるのを覚悟で、悪魔祓いを目指した頃の初心を思い出した。自分みたいに苦しむ人を減らしたくて、悪魔に人生を狂わされる人を助けたくて……そのために自分が傷つくだけで済むならと選んだ道だ。
まだ頑張れる――闇堕ちはしない。こうして感謝され、必要とされる間は狂わずにいられる……そう確信が持てた。
「……っ、たく……」
なんて様だ。
自らを叱咤するように悪態をついて身を起こせば、不思議なほど身体が軽い。まるで昨夜の疲れや痛みが消えたような錯覚に襲われた。黒いローブ覆われた己の腕を確認すれば、少し薄くなったものの傷は残されている。
ふぅ……細く長い息を吐き出して気持ちを切り替え、壁に手を沿わせて立ち上がった。貧血で少しふらつくが、思っていたほど酷い状況ではない。出血量の割には動ける自分に感謝したところに、外からノックの音が聞こえた。
遠慮がちな音はコンコンと二度叩いて様子を窺っているようだ。入ってくるなと神父に命じてしまったため、開けるのを躊躇ってるのだろう。一瞬迷うが、「どうぞ」と声を掛けてドアを開く。
驚いたような顔でこちらを見上げるのは、シスターのひとりだった。
「あ、あの……お食事は……それと怪我の手当てを」
「ああ、ありがとうございます。ですが私はこれから戻りますから、結構ですよ。子供達と神父様によろしくお伝えください」
いつもの社交辞令用の文言を口にして、優雅にローブを捌(さば)いて一礼する。そのまま部屋を後にしようとしたオレだったが、ローブの端を引き止められて振り返った。
「お兄ちゃん、ありがと」
少女がはにかんだ笑顔で裾を握っている。
見つかってしまった……なんとなく後ろめたい気分でしゃがみこみ、視線を合わせて笑顔を浮かべた。
「どういたしまして」
「もう帰っちゃうの?」
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「これ、お兄ちゃんに」
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こくんと頷く少女から受け取った包みは軽くて少し硬い。紙ナプキンで包まれたそれを両手でしっかりと受け取り、オレは「ありがとう」と目を見て礼を口にした。照れて俯いた彼女から視線をあげれば、廊下の先で子供達がこちらを見ている。
どうやら近づいてもいいか、判断に困っているようだった。
裾をつかまれたまま立ち上がり、彼らにも手を振る。
「ありがとな」
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やっと声が届かない位置まできて、ふと手の中の包みが気になって開く。途端にパン特有の発酵した匂いが広がった。
「まいったな」
あの子供達にとって、食事がどれだけ楽しみか知っている。自分もそうだったから……粗末な食事でも、硬いパンでも、口に出来るだけ幸せだった。そんな彼らがパンを分けてくれる意味を、深く受け止める。
最上級の礼だった。
本部で与えられる豪華な食事や金貨より、ずっと重くて価値のある謝礼に胸が熱くなる。そのままパンを渡せば返されると知っていたのか、包んで中身を見えないように工夫したときの気持ちまで伝わってきた。
少しだけ齧ってみる。
塩味だけの硬いパンは、口の中にいつまでも残る。足をすすめながら、ゆっくりと咀嚼した。懐かしい味に自然と笑みが浮かんで気分が上向く。あの頃もよく硬いパンを齧った。塩味の薄いスープに浸して、それでも幸せだった記憶が蘇る。
ハデスのこと、アモルのこと……いろいろと悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。どうせなるようにしかならないのだ。今悩んで答えが出ることでもないだろう。
「……なんだかんだ、オレって恵まれてるんだよなぁ」
呟いて、手の中のパンを見つめる。
忌み嫌われるのを覚悟で、悪魔祓いを目指した頃の初心を思い出した。自分みたいに苦しむ人を減らしたくて、悪魔に人生を狂わされる人を助けたくて……そのために自分が傷つくだけで済むならと選んだ道だ。
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