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12.闇堕ちの記憶
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彼の人は優しかった。悪魔祓いとして優れた能力を持ち、小さな教会を拠点に活動する。本来ならばもっと都会の大きな教会を預かる実力をもちながら、拾ってきた孤児と過ごすことを優先して田舎を好んで住んだ。
孤児の数は多くなく、オレを含めて3人だけ。増えることも減ることもなく、常に子供達は一緒に居た。
鮮やかな赤毛が印象的な年下の少女と、年齢だけは一番上なのに言動が幼く頼りない浅黒い肌の少年……面倒見のいいオレが彼らの面倒を見始めるのに、大した時間はかからなかった。
人がよく貧乏くじを引く神父の暮らしは豊かではなく、それ故に近隣の信者による施しや自家農園での収穫を頼りにした細々とした生活だったが、オレ達に不満はない。
甘いお菓子より、父と慕う神父と分け合って食べる薄いスープで満たされた。立派な衣服より、神父の優しく温かな手で撫でられることが幸せだと思っていたのだ。
裕福でなくとも、恵まれた日々だった。オレ達も神父も、この生活に感謝すらしていたのだから。
あの夜は、たしか……三日月だった。触れたら切れそうな、まるでナイフのように鋭い月がほのかに地上を照らし出す。仕事に出ていた神父が立てたドアの開閉音に気付いたのは、少女が最初だった。
「……神父さま?」
近づいたドアから鉄さびた臭いが漂う。開いた扉の先で、彼の人はいつもと同じように笑った。とても優しく慈愛に満ちた表情で手を伸ばし、愛しいわが子である少女の首を……引き裂いたのだ。
優しく撫で、櫛で梳いていた赤毛が床に散らばった。神父の手は赤く、黒い神父服もずっしりと血を吸っている。すでにどこかで、何人も手にかけた証拠だった。爪にこびりついた赤を舌先で味わい、神父は部屋の中で震える少年へ目を向ける。
悲鳴すらなく転がった彼女の首を見つめ、少年は言葉を失っていた。
何が起きたのか理解できない。悪魔に両親を殺された少年を助けてくれた温かな手が、ぬるりと頬を滑る。そのまま爪を立てるように顔へ指が突き立てられた瞬間、彼は後ろに引き倒されていた。
「ばかっ、逃げろ!」
年上の少年の襟を掴んで転がし、自らは果物ナイフを片手に神父と向き合う。
いつもと変わらぬ優しい顔で、しかしその瞳だけが不自然に紅い。悪魔に魅入られ支配されたのだと、本能的に悟った。この紅い目は知っている……優しかった母を殺した父と同じ。あの日に見た紅瞳は、オレの記憶にこびりついていた。
「はやくっ」
彼が逃げたら自分も逃げるつもりだった。大人である神父に自分が敵うわけがなかったし、悪魔の力を手にしているなら尚更勝てる筈がない。しかし震える少年は動けず、ただ頭を抱えて丸まってしまう。
「……っ、この、ばかっ!!」
手にしたナイフをしっかりと握りなおし、少年を叱咤した瞬間――
バンッ! 床に引き倒され、受身を取ることもできずに背中から倒れた。
孤児の数は多くなく、オレを含めて3人だけ。増えることも減ることもなく、常に子供達は一緒に居た。
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「ばかっ、逃げろ!」
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「……っ、この、ばかっ!!」
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