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11.薔薇はなぜ植えられたのか
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「そうだな」
通常は赤い薔薇を墓地に植えることはない。肯定した堕天使の顔を見つめ、わずかに目を伏せた。
アンデッドの手は薔薇の間から伸びてオレの足を掴んだ。その行為が、アンデッドにとって薔薇は脅威でないことを示している。
ならば……なぜ?
通常は植えられない色の薔薇が、聖人の墓地を彩っていたのか。
「……持ち込まれたのか」
気付いた途端、腑に落ちた。聖人の墓地に薔薇を供える人はいても、植える人はいない。それも血を連想させる赤は考えられなかった。尊敬や清楚などの花言葉から白薔薇ならば、手向ける人もいただろうが……。
この薔薇の色は不自然すぎた。
まるで違和感に気づけと言わんばかりの不自然さで、薔薇は夜に花弁を広げたのだ。
「そうだ」
肯定したアモルがくすくすと笑い出す。無邪気な仕草でくるりと回って身を翻し、オレの手から離れた。届かない位置まで下がると、ふわりと宙に浮いて自分より長身のオレを見下ろす。
「奇妙だと思わないか?」
ぐっと拳を握り、黒髪の悪魔を見上げる。
そう、すべてがおかしかった。
堕天使であり、悪魔であり、吸血鬼としての能力を持つ存在――ここまで稀有な存在が地上にいること。地方の教会の一神父の悪魔祓いにセイルほどの実力者が指名されたこと。リリトの予知が外れていたこと。そして……アンデッドの不自然な動きと、存在する筈のない赤薔薇……。
「……お前か、アモル」
声はいつもより低く響いた。尋ねるより、断罪する意図を持って吐かれた言霊に、黒髪の悪魔は頬を緩める。嬉しそうに笑い、無邪気に翼を揺らして小首を傾げた。
「さて……肯定も否定も、おまえは信じないだろう?」
だから答えないと告げ、蒼い瞳を瞬かせる。
アモルほどの実力者が地上に現れ、その直後に神父が襲われた。彼を襲った犯人は別に居たが、ならばアモルは偶然懺悔に来ただけか? そんな訳はない、アモルは小物の悪魔をけし掛けて自らの手を汚さなかっただけだ。
おそらくリリトの予知が導き出した「美しい悪魔」とは裏で画策する黒幕としてのアモルを示していたのだろう。ならば、彼女の透視は当たっていたのだ。
そして、アンデッドを呼び出したのもアモル――オレを罠に嵌めるために利用した。
ならば、彼の狙いは最初から決まっていた。
「ああ、信じられないな」
生ぬるい風が吹いて、長い三つ編みを揺らした。握った拳を僅かに緩め、唇が相棒の名を呼ぶ。空だった左手の中に現れたしっかりとした感触を握り、大きな鎌を振り上げる。
「すべてを解いたなら、我が名を呼ぶがいい――」
鎌の刃は、消えた悪魔の残像を引き裂いたのみ。本体はすでに姿を消していた。
「ちっ……」
舌打ちしたオレの手の中、ハデスが不満そうに唸りを上げる。
『セイル、血を与えたな?』
「だったらどうした」
むっとした口調のオレへ、まるで上位者が諭すようにハデスは切り出した。
『左目、血……このままでは堕ちるぞ』
闇堕ちすると警告するハデスの声は淡々としていて、それ故に真実味があった。目を見開くオレに警告は続けられる。
『何も与えるな、欲しがるな……奴らは狡猾だ』
ひとつずつ、奪っていく。相手に気付かれぬよう距離を詰めて、やがて気付いても逃げられぬために罠を張り巡らせ、雁字搦めにしてしまう。悪魔の常套手段だと知りながら、己に向けられることはないと高を括っていた。ハデスの忠告は心を凍りつかせた。
「まさか……」
『お前が思うより、お前の価値は大きい』
呆然と立ち尽くすオレの手から、ハデスが消える。魂の一部を犠牲にして契約し手に入れた力だった。疑う必要のない絆を結んだ彼の言葉に、じわりと恐怖が広がる。
「……嘘だ」
闇堕ちした同業者を見たことがある。祓魔師として名を馳せた青年は生前そのままの姿で、大勢の仲間を手に掛けた。悪魔祓い達を殺して赤く染まった手を、罪のない子どもにも伸ばしたのだ。かつて己が命を懸けて守った存在すら引き裂き、笑って見せた……あんな化け物に、なるのか?
想像すら出来ない恐怖に、オレは言葉もなく立ち竦むしかなかった。
通常は赤い薔薇を墓地に植えることはない。肯定した堕天使の顔を見つめ、わずかに目を伏せた。
アンデッドの手は薔薇の間から伸びてオレの足を掴んだ。その行為が、アンデッドにとって薔薇は脅威でないことを示している。
ならば……なぜ?
通常は植えられない色の薔薇が、聖人の墓地を彩っていたのか。
「……持ち込まれたのか」
気付いた途端、腑に落ちた。聖人の墓地に薔薇を供える人はいても、植える人はいない。それも血を連想させる赤は考えられなかった。尊敬や清楚などの花言葉から白薔薇ならば、手向ける人もいただろうが……。
この薔薇の色は不自然すぎた。
まるで違和感に気づけと言わんばかりの不自然さで、薔薇は夜に花弁を広げたのだ。
「そうだ」
肯定したアモルがくすくすと笑い出す。無邪気な仕草でくるりと回って身を翻し、オレの手から離れた。届かない位置まで下がると、ふわりと宙に浮いて自分より長身のオレを見下ろす。
「奇妙だと思わないか?」
ぐっと拳を握り、黒髪の悪魔を見上げる。
そう、すべてがおかしかった。
堕天使であり、悪魔であり、吸血鬼としての能力を持つ存在――ここまで稀有な存在が地上にいること。地方の教会の一神父の悪魔祓いにセイルほどの実力者が指名されたこと。リリトの予知が外れていたこと。そして……アンデッドの不自然な動きと、存在する筈のない赤薔薇……。
「……お前か、アモル」
声はいつもより低く響いた。尋ねるより、断罪する意図を持って吐かれた言霊に、黒髪の悪魔は頬を緩める。嬉しそうに笑い、無邪気に翼を揺らして小首を傾げた。
「さて……肯定も否定も、おまえは信じないだろう?」
だから答えないと告げ、蒼い瞳を瞬かせる。
アモルほどの実力者が地上に現れ、その直後に神父が襲われた。彼を襲った犯人は別に居たが、ならばアモルは偶然懺悔に来ただけか? そんな訳はない、アモルは小物の悪魔をけし掛けて自らの手を汚さなかっただけだ。
おそらくリリトの予知が導き出した「美しい悪魔」とは裏で画策する黒幕としてのアモルを示していたのだろう。ならば、彼女の透視は当たっていたのだ。
そして、アンデッドを呼び出したのもアモル――オレを罠に嵌めるために利用した。
ならば、彼の狙いは最初から決まっていた。
「ああ、信じられないな」
生ぬるい風が吹いて、長い三つ編みを揺らした。握った拳を僅かに緩め、唇が相棒の名を呼ぶ。空だった左手の中に現れたしっかりとした感触を握り、大きな鎌を振り上げる。
「すべてを解いたなら、我が名を呼ぶがいい――」
鎌の刃は、消えた悪魔の残像を引き裂いたのみ。本体はすでに姿を消していた。
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『何も与えるな、欲しがるな……奴らは狡猾だ』
ひとつずつ、奪っていく。相手に気付かれぬよう距離を詰めて、やがて気付いても逃げられぬために罠を張り巡らせ、雁字搦めにしてしまう。悪魔の常套手段だと知りながら、己に向けられることはないと高を括っていた。ハデスの忠告は心を凍りつかせた。
「まさか……」
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「……嘘だ」
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