7 / 61
07.必ず手に入れる
しおりを挟む
*****SIDE アモル
機嫌よく笑みを浮かべた堕天使は、ばさりと翼を広げた。青白い光をまとう一対の翼は、天使として神のそばにあった頃と同じだ。堕天すると黒く染まるはずのそれを、ばさりと羽ばたかせて新月の夜空へ舞う。
空間の移動なので翼は必要ないのだが、つい開放してしまうくらい、今の俺は機嫌が良かった。
「……アモル?」
鬱蒼とした森の中、耳慣れた声に振り返る。髪も瞳も黒い友人の姿に気付いて、すぐに隣へ舞い降りた。音を立てて畳まれた白い翼は俺だけのものだ。同じ堕天使である彼の翼は漆黒で、瞳や髪と同じだった。
「キメリエス、見つけたぞ」
嬉しそうに告げられた言葉に「誰を」や「何を」といった形容は一切ない。しかし聞いた途端、キメリエスは目を見開いて驚きをあらわにした。
「……地上に?」
「ああ」
端的過ぎて理解しにくい会話は、しかし当人たちには慣れたものでスムーズに進んでいく。
「取り戻せそうか?」
キメリエスの問いかけに、アモルは残念そうに首を横に振った。
「いや……悪魔祓いだった」
舌打ちしそうな顔でキメリエスが視線を逸らす。そんな友人に、俺は冴え冴えとした笑みを浮かべる。
「だが、左目を得た」
「ならば……」
「必ず手に入れる」
俺の断言に、キメリエスも頷く。
人々に荒涼とした廃墟や岩場だと誤解される地獄の森に、穏やかな風が吹く。人の世より自然が豊かな森の木々が揺れ、ざわざわと音を立てた。
「お手並み拝見といこう」
自分と同等、堕天使として実力と美貌を誇る友人の言葉に、俺は口元の弧を深めた。
契約で悪魔に目をくれたのは、今更取り返しがつかない。実際抉られて遠近感が狂ったわけでもなく、失明してもいなかった。問題ないだろう。軽く考えるオレをよそに、呆れて玉座に沈みこむクルスに手早く報告を済ませた。
報告が終われば、さっさと退室するだけだ。オレはさっさと踵を返した。
「どうするの……」
疑問ですらない言葉を詰るように投げかけられ、三つ編みを揺らして顔だけ振り向いた姿勢で笑う。
「とりあえず飯食うわ」
「じゃなくて!! 左目、どうするのって……」
「くれちゃったんだし、言霊有効だろ。どうしようもない……抉らないで残してくれたんだから問題ないさ」
再び歩き出した部下であり友人でもあるオレの背に「もっと自分を大事にしてよ」と呟くクルス。
かろうじて聞こえる程度の願いに、手をあげて応えたオレは扉をくぐる。背後の扉がしまったのを確認し、ばさりと前髪をかき上げた。
歴史や権威を振りかざすための、古くて荘厳な建造物は埃っぽい臭いがする。独特のカビ臭さも慣れてしまった。ここに自分がいられるのは『悪魔祓いとしての忌むべき能力の高さ』故だ。使えるから置いておくが、使えなくなれば捨てるだけの駒だった。
クルスは違う考えでいるようだが……。
『大事にする価値があれば、な』
聞こえないよう声にせずこぼした言葉は、本音だ。自分に価値など見出せない。だから簡単に悪魔への代償に差し出せるし、相棒であるハデスを呼び出す際の対価も払えるのだ。人の身である以上、出来ることも時間も限られている――誰に言われるでもなく、オレは身に沁みて知っていた。
悪魔祓いの特別待遇を得る司教という曖昧な地位を示すローブを揺らして足を踏み出す。
響く靴音の傲慢さと裏腹に、オレの表情は苦いものだった。
機嫌よく笑みを浮かべた堕天使は、ばさりと翼を広げた。青白い光をまとう一対の翼は、天使として神のそばにあった頃と同じだ。堕天すると黒く染まるはずのそれを、ばさりと羽ばたかせて新月の夜空へ舞う。
空間の移動なので翼は必要ないのだが、つい開放してしまうくらい、今の俺は機嫌が良かった。
「……アモル?」
鬱蒼とした森の中、耳慣れた声に振り返る。髪も瞳も黒い友人の姿に気付いて、すぐに隣へ舞い降りた。音を立てて畳まれた白い翼は俺だけのものだ。同じ堕天使である彼の翼は漆黒で、瞳や髪と同じだった。
「キメリエス、見つけたぞ」
嬉しそうに告げられた言葉に「誰を」や「何を」といった形容は一切ない。しかし聞いた途端、キメリエスは目を見開いて驚きをあらわにした。
「……地上に?」
「ああ」
端的過ぎて理解しにくい会話は、しかし当人たちには慣れたものでスムーズに進んでいく。
「取り戻せそうか?」
キメリエスの問いかけに、アモルは残念そうに首を横に振った。
「いや……悪魔祓いだった」
舌打ちしそうな顔でキメリエスが視線を逸らす。そんな友人に、俺は冴え冴えとした笑みを浮かべる。
「だが、左目を得た」
「ならば……」
「必ず手に入れる」
俺の断言に、キメリエスも頷く。
人々に荒涼とした廃墟や岩場だと誤解される地獄の森に、穏やかな風が吹く。人の世より自然が豊かな森の木々が揺れ、ざわざわと音を立てた。
「お手並み拝見といこう」
自分と同等、堕天使として実力と美貌を誇る友人の言葉に、俺は口元の弧を深めた。
契約で悪魔に目をくれたのは、今更取り返しがつかない。実際抉られて遠近感が狂ったわけでもなく、失明してもいなかった。問題ないだろう。軽く考えるオレをよそに、呆れて玉座に沈みこむクルスに手早く報告を済ませた。
報告が終われば、さっさと退室するだけだ。オレはさっさと踵を返した。
「どうするの……」
疑問ですらない言葉を詰るように投げかけられ、三つ編みを揺らして顔だけ振り向いた姿勢で笑う。
「とりあえず飯食うわ」
「じゃなくて!! 左目、どうするのって……」
「くれちゃったんだし、言霊有効だろ。どうしようもない……抉らないで残してくれたんだから問題ないさ」
再び歩き出した部下であり友人でもあるオレの背に「もっと自分を大事にしてよ」と呟くクルス。
かろうじて聞こえる程度の願いに、手をあげて応えたオレは扉をくぐる。背後の扉がしまったのを確認し、ばさりと前髪をかき上げた。
歴史や権威を振りかざすための、古くて荘厳な建造物は埃っぽい臭いがする。独特のカビ臭さも慣れてしまった。ここに自分がいられるのは『悪魔祓いとしての忌むべき能力の高さ』故だ。使えるから置いておくが、使えなくなれば捨てるだけの駒だった。
クルスは違う考えでいるようだが……。
『大事にする価値があれば、な』
聞こえないよう声にせずこぼした言葉は、本音だ。自分に価値など見出せない。だから簡単に悪魔への代償に差し出せるし、相棒であるハデスを呼び出す際の対価も払えるのだ。人の身である以上、出来ることも時間も限られている――誰に言われるでもなく、オレは身に沁みて知っていた。
悪魔祓いの特別待遇を得る司教という曖昧な地位を示すローブを揺らして足を踏み出す。
響く靴音の傲慢さと裏腹に、オレの表情は苦いものだった。
0
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる