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01.神をも恐れぬ振る舞い
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ステンドグラスからあふれる光が教会を満たした。
広げた聖書を朗読し、教え諭す。いつもと同じ日曜日の朝は終盤を迎え、「アーメン」の一言で締めくくられた。朗々と響く聖書の教えが敬虔な人々の眠りを誘うのは、悪魔の仕業と言われるが。
子ども達が賛美歌を歌い始めるのを聞きながら、オレは静かに聖書を閉じる。師から受け継いだ革張りの聖書は古く、表紙の文字は掠れて消えていた。手に馴染む革をひと撫でして、歌い終えた子どもたちに拍手を送る。
なんら変わらぬ、普段通りの日曜日が始まった。
「では気をつけてお帰り下さい」
信者を笑顔で見送り、人影のない教会をぐるりと見回した。
本来、信者と接する司祭ではないオレは、こうして表舞台に立つことはない。この教会の司祭が倒れたため、急遽派遣されたが……その理由はオレの特殊な能力にあった。
エクソシスト、悪魔祓いともいう――カトリックの中でも地位が低い祓魔師としての能力を持ちながら、あまりにも優秀であったために司教に上り詰めた天才は、紫の瞳を眇めてため息を吐いた。
この教会の神父が寝込んだ理由は、美人過ぎる人外が出没するためらしい。
あまりに整った顔立ちに、すぐ人ではないと気づいたようだが、そのあと魅了されたのがいただけない。結局入院した彼の代わりにオレが派遣されたのは、その人外を処理する目的だった。
見回す限り、清浄な空気は乱されていない。多少、人の欲にまみれているが……まあ通常の許容範囲内だった。
教会の中をゆっくり歩き、ところどころに聖水を散らしていく。夜になれば人外の時間帯だ。それまでに場を整え、戦うための準備が必要だった。
「……こんなもんかな?」
小首を傾げるオレの耳に、人ならざるモノの声が届く。
『天井の窓を忘れてるぞ、セイル』
「あ、いけね。そうだった」
見上げる先には、天窓がある。教会内に光を取り込むステンドグラスは、幻想的な雰囲気を作り出す演出のために設置されるのが通例だった。明るい色を中心とした十字架と花の模様を床に映し出す光絵の前で、ため息を吐く。
「よく考えたら、届かないわ……」
『……そうだな』
「ま、出入り口全部塞ぐことないか……正面口と天井くらい残しとかないと、奴も来れないだろう」
自分を納得させる理由をつけて、わざとらしく肩を竦めた。実のところ面倒なので、はしごで上に登ってまで清めるのが嫌なのだ。
『お前は、そういう奴だったな』
呆れたような口調が返り、あまりの人間くさい台詞に笑みが漏れた。
「司祭さま……」
懺悔を求めて現れた婦人に、柔らかく微笑んで告解室へ誘導する。本来の肩書きは違うが、通常教会にいる神父は司祭どまりなので、訂正することもないだろう。人外の排除が済めば、明日にでもいなくなるのだ。
「どうぞ」
互いの間を隔てる小さな部屋の椅子をすすめ、自らは裏側に入った。彼女の声が日常のささやかな妬みや恨みを告白していく中、見えないのをいいことに煙草を咥えて過ごす。
火をつければバレてしまうので我慢しているが、そろそろ限界だった。日曜礼拝で臭いを纏うわけにいかないため、昨日から我慢しているのだ。強制禁煙は苛立ちを募らせる。
「……神は御許しくださいますでしょうか」
締めくくられた懺悔に、咥え煙草を手に戻したオレは優しげな声を作って応じた。たしか、こんな感じだったか。
「すべてを素直に告解されたあなたをお許しにならぬ筈がありません。父と子と聖霊の御名によって赦しを与えます」
言葉を終えると煙草を咥える。匂いだけで我慢するのも今夜限りだ。絶対に悪魔を退治して、煙草を吸ってやる。
そもそも懺悔するくらいなら、最初から罪を犯すなっての。辛辣な言葉を内心に収め、身に染み付いた祈りの形をとる。十字を切って祈りの形に組まれた手元だけを見た女性は、ほっとした様子で「アーメン」と追従して部屋を出た。
赦しの秘蹟と呼ばれる重要な職務の最中、懺悔を許す司教が咥え煙草でいたと想像する奴はいない。神をも恐れぬ振る舞いを平然と行ったオレは、罰当たりなのだろう。告解室の狭い仕切りから出るなり、大きく伸びをした。
「さて、あとは夜まで休むかな」
今回の任務は「教会の神父代理」ではなく、「教会に出没する人外の排除」なのだ。夜から戦う羽目になる立場としては、昼のうちにしっかり休憩を取りたいのが本音だった。
次々と訪れる告解を別の司祭に任せ、ふらふらと裏の宿舎へ向かう。白いシーツはよく干されていて、陽の匂いがした。ごろりと横たわると、すぐに丸くなって眠る。そんなオレの態度に呆れた声が『風邪を引くぞ』と降ってきて、ふわりと上掛けが舞い上がって掛けられた。相変わらず面倒見がいい。
そこには誰もいないはずだ。不思議な光景を見ていたのは、窓際の鳥くらいだろう。
――深夜。
夕食もとらずに寝ていたオレはようやく起き出し、長い銀髪を櫛で梳く。普段から三つ編みにしている髪を丁寧に編み直し、その編み髪の間に細い紐を滑り込ませた。
「さて、それじゃ……悪魔祓いと行きますか!」
広げた聖書を朗読し、教え諭す。いつもと同じ日曜日の朝は終盤を迎え、「アーメン」の一言で締めくくられた。朗々と響く聖書の教えが敬虔な人々の眠りを誘うのは、悪魔の仕業と言われるが。
子ども達が賛美歌を歌い始めるのを聞きながら、オレは静かに聖書を閉じる。師から受け継いだ革張りの聖書は古く、表紙の文字は掠れて消えていた。手に馴染む革をひと撫でして、歌い終えた子どもたちに拍手を送る。
なんら変わらぬ、普段通りの日曜日が始まった。
「では気をつけてお帰り下さい」
信者を笑顔で見送り、人影のない教会をぐるりと見回した。
本来、信者と接する司祭ではないオレは、こうして表舞台に立つことはない。この教会の司祭が倒れたため、急遽派遣されたが……その理由はオレの特殊な能力にあった。
エクソシスト、悪魔祓いともいう――カトリックの中でも地位が低い祓魔師としての能力を持ちながら、あまりにも優秀であったために司教に上り詰めた天才は、紫の瞳を眇めてため息を吐いた。
この教会の神父が寝込んだ理由は、美人過ぎる人外が出没するためらしい。
あまりに整った顔立ちに、すぐ人ではないと気づいたようだが、そのあと魅了されたのがいただけない。結局入院した彼の代わりにオレが派遣されたのは、その人外を処理する目的だった。
見回す限り、清浄な空気は乱されていない。多少、人の欲にまみれているが……まあ通常の許容範囲内だった。
教会の中をゆっくり歩き、ところどころに聖水を散らしていく。夜になれば人外の時間帯だ。それまでに場を整え、戦うための準備が必要だった。
「……こんなもんかな?」
小首を傾げるオレの耳に、人ならざるモノの声が届く。
『天井の窓を忘れてるぞ、セイル』
「あ、いけね。そうだった」
見上げる先には、天窓がある。教会内に光を取り込むステンドグラスは、幻想的な雰囲気を作り出す演出のために設置されるのが通例だった。明るい色を中心とした十字架と花の模様を床に映し出す光絵の前で、ため息を吐く。
「よく考えたら、届かないわ……」
『……そうだな』
「ま、出入り口全部塞ぐことないか……正面口と天井くらい残しとかないと、奴も来れないだろう」
自分を納得させる理由をつけて、わざとらしく肩を竦めた。実のところ面倒なので、はしごで上に登ってまで清めるのが嫌なのだ。
『お前は、そういう奴だったな』
呆れたような口調が返り、あまりの人間くさい台詞に笑みが漏れた。
「司祭さま……」
懺悔を求めて現れた婦人に、柔らかく微笑んで告解室へ誘導する。本来の肩書きは違うが、通常教会にいる神父は司祭どまりなので、訂正することもないだろう。人外の排除が済めば、明日にでもいなくなるのだ。
「どうぞ」
互いの間を隔てる小さな部屋の椅子をすすめ、自らは裏側に入った。彼女の声が日常のささやかな妬みや恨みを告白していく中、見えないのをいいことに煙草を咥えて過ごす。
火をつければバレてしまうので我慢しているが、そろそろ限界だった。日曜礼拝で臭いを纏うわけにいかないため、昨日から我慢しているのだ。強制禁煙は苛立ちを募らせる。
「……神は御許しくださいますでしょうか」
締めくくられた懺悔に、咥え煙草を手に戻したオレは優しげな声を作って応じた。たしか、こんな感じだったか。
「すべてを素直に告解されたあなたをお許しにならぬ筈がありません。父と子と聖霊の御名によって赦しを与えます」
言葉を終えると煙草を咥える。匂いだけで我慢するのも今夜限りだ。絶対に悪魔を退治して、煙草を吸ってやる。
そもそも懺悔するくらいなら、最初から罪を犯すなっての。辛辣な言葉を内心に収め、身に染み付いた祈りの形をとる。十字を切って祈りの形に組まれた手元だけを見た女性は、ほっとした様子で「アーメン」と追従して部屋を出た。
赦しの秘蹟と呼ばれる重要な職務の最中、懺悔を許す司教が咥え煙草でいたと想像する奴はいない。神をも恐れぬ振る舞いを平然と行ったオレは、罰当たりなのだろう。告解室の狭い仕切りから出るなり、大きく伸びをした。
「さて、あとは夜まで休むかな」
今回の任務は「教会の神父代理」ではなく、「教会に出没する人外の排除」なのだ。夜から戦う羽目になる立場としては、昼のうちにしっかり休憩を取りたいのが本音だった。
次々と訪れる告解を別の司祭に任せ、ふらふらと裏の宿舎へ向かう。白いシーツはよく干されていて、陽の匂いがした。ごろりと横たわると、すぐに丸くなって眠る。そんなオレの態度に呆れた声が『風邪を引くぞ』と降ってきて、ふわりと上掛けが舞い上がって掛けられた。相変わらず面倒見がいい。
そこには誰もいないはずだ。不思議な光景を見ていたのは、窓際の鳥くらいだろう。
――深夜。
夕食もとらずに寝ていたオレはようやく起き出し、長い銀髪を櫛で梳く。普段から三つ編みにしている髪を丁寧に編み直し、その編み髪の間に細い紐を滑り込ませた。
「さて、それじゃ……悪魔祓いと行きますか!」
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