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 帰宅したマンションの玄関で、サリエルは苦笑した。忘れていたが、大量に買い込んだタカヤの洋服が届いたのだ。最近は便利なもので、深夜であっても電話ひとつで配達してくれる。

「……整理は明日にしようか」

 箱を開け始めていたタカヤの眠そうな表情に、首を傾げて提案してみる。素直に頷く恋人をバスルームへ促し、適当に自分のパジャマを引っ張り出して、タカヤへ提供した。

 シャワーの音が響くのを確認し、冷蔵庫から水を引っ張り出す。良く冷えたボトルを一口、直接口をつけて流し込んだ。

 窓の外は一面の夜景――広がる世界をすべて、手のひらに収めたような錯覚が襲ってくる。親からこのマンションを貰ったとき、感じたのは「当然だ」という甘えた意識だった。今までずっと、母親をないがしろにしたのだから、と。けれど今になればわかる。

 父も母を愛していて、母は父に妻がいると知っていても身を引けなかった。生まれてくるオレのことを考える余地もないほどに惹かれ合い、互いを求めあったのだ。そして、父にとって『愛する女性』が1人ではなかったというだけ。

 許せない気持ちは同じだけれど、以前ほど理不尽な怒りは浮かんでこない。

 ぐっと拳を握った。

 生まれる家や親を選ぶ事は出来ないから、無駄なことで悔やみたくない。ただ、自分が選んだのはタカヤだから……彼1人だけは失いたくなかった。

 ある意味、人間関係以外のすべてに恵まれた人生。

 五体満足で、美人だった母親似の容姿、恵まれた運動神経と、優秀な知能、父のもつ莫大な財産と権力。誰に聞いても「羨ましい」と言われるだろうが、サリエルが求めた物ではなかった。

目の前にあったから拒まなかっただけだ。

「……サリエル?」

 まだ濡れた髪で、タオルを握ったまま首を傾げるタカヤに、苦笑して手を伸ばす。ぎゅっと抱き締めれば、普段の自分が使っているシャンプーの香りがした。

 当たり前なのに、些細な事が嬉しい。自分のパジャマの上だけを羽織った姿は、庇護欲を誘う。

「濡れてるぞ」

 額にキスして、タカヤの手から受け取ったタオルで丁寧に水分を吸い取る。冷たく感じられない程度まで乾かしてから、やっと顔を覗き込んだ。

「今日は疲れただろ。もう休もうか」

 こくんと頷きかけ、タカヤが何か言いた気に蒼い瞳を瞬かせた。

 どきっとする。何を言われても平然と受け流せるくらい、性格は歪んでいると思う。でも、タカヤに否定されたり、拒否されたら……そう考えると恐かった。傷つくことより、その後自分が取るであろう行動が、怖い。

 タカヤの意思を無視して閉じ込め、抱き潰してしまうだろう。逃げようとした足を切り、抵抗するなら手を縛って、それでも隣に置こうと画策する。こういうところばかり、父親に似なくてもいいのに。

「サリエル」

 無言で続きを待てば、少し俯いたタカヤがサリエルのシャツをくしゃりと握った。

「……俺でいいのか?」
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