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「おい、大丈夫……か?」

 なぜか、その少年だけは無視できなかった。黒髪の少年はびくりと肩を震わせると、ゆっくりとサリエルを振り返る。瞬きしながら輝く瞳は、透き通る南国の海に似た蒼だった。

「……生きて……のか?」

 自分の周囲はみんな死んでいると思っていたらしく、驚いたように目を見開く。そんな少年を手招きし、這いずるようにして近づいた彼が、ほとんど怪我をしていない事実にサリエルは何故か安心した。

「もうすぐ助けが来る。一緒にいよう」

 ぎこちないながらも笑みを浮かべる。激痛は全身を苛んでいる。苦しくて額に汗が浮かぶのに、それでも笑顔で少年を安心させようとする自分が不思議だった。

 子供は五月蝿うるさくて苦手なのに。

「名前は?」

「……タカヤ……」

「そっか、いい名前だ。似合ってるよ……オレはサリエルだ」

 女性への誉め言葉みたいだ。これじゃ、まるでナンパじゃないか。

 セリフがおかしくてクスっと笑えば、タカヤと名乗った少年の表情も和らいだ。それから助けが来るまでの数時間……2人はお互いのことを語り合った。

 まるで……未来を予感するように……。





 部屋に戻った途端、サリエルはタカヤを後ろから抱き締めた。無言でされるままになっているタカヤが、不安そうに顔を上げる。それを腕の中に閉じ込めて、サリエルは何かを呟いた。

 声が聞こえなかったタカヤを開放して、小さく微笑む。

「オレ……このままじゃ、犯罪者になりそうだな」

 さっきの言葉と違う?

 聞き逃したセリフが気になるけれど、今の呟きの意味も知りたかった。だから、素直に首を傾げて尋ねる。年齢より子供じみた仕草を優しい眼差しで見守りながら、苦笑したサリエルが額に接吻けた。緩んだ束縛でサリエルと向き合い、背に回されたサリエルの腕が解かれない事に安堵する。

 目を細めてキスを受け止めたタカヤの顔は、ほのかに赤くなっていた。

 帰りのタクシーの中でサリエルが思い出した過去は、凄惨で、激痛に彩られていたのに……それがタカヤと出会う為の試練ならば、何度でも受け止められる。救助されて病院から出た後、すぐにタカヤの行方を捜した。それでも会えなかったから、半ば諦め掛けていたのだ。

 昨夜、突然目の前を車道に飛び出したタカヤの姿をみた瞬間、我が身の危険も立場も……すべてが脳裏から消えた。

 ただ……彼しか見えなくて。
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