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「おまたせ、レミさん」
「あら……」
さっきから視線を向けていたくせに、まるで今気づいたように振り返る。下手な芝居を気づかないフリで隣に座り、ほっそりした腰に手を回した。
「今日はゆっくり出来るんだろ?」
抱き寄せて自分へ寄りかからせると、耳元で低く囁く。この声で腰砕けになる女性は多く、一部、男性ファンも獲得している。サリエルの紫藍の眼差しを独り占めしている優越感から、レミは笑みを浮かべて頷いた。
「失礼します。ジンです」
「カイトです」
2人のホストが声を掛けて座る。レミを挟んで右側にサリエルが、左側にジンが座り、正面でカイトがボトルを開けた。新しいボトルを無断で頼んだのは、サリエルの指示だ。それを気づかない訳がないのに、彼女はうっとりと見つめているだけで咎めなかった。
「それじゃ、レミさんの美しさに乾杯」
歯の浮くようなセリフを真顔で吐いて、サリエルは高級ブランデーのグラスを、彼女のカクテルと合わせた。カチンと音がしたグラスに口を付けるレミの前へ、次々とフルーツやつまみが運ばれて来る。
「もっと頼んでいいのよ、サリエル」
「ホント? ちょうどお腹空いてたんだ」
白々しい嘘を吐きながら、机を挟んで向かいに座るカイトへ指示を出す。まだ幼く見えるカイトが頷き、数本のボトルと食べ物を用意させた。
シャンパンタワーの30万円など目ではない、百数十万のブランデーを開封していく。あまりの散財振りに、周囲のテーブルが驚いていた。しかし、ヘルプについたカイトやジンにしてみれば、見慣れた光景のひとつでしかない。
そして数時間後の一悶着と、彼女の泣き顔すら……想像がつく未来でしかなかった。
楽しい時間は、瞬く間に過ぎる。
まさしく泡沫の夢……男の心は金で手に入らないのだと、どうして彼女は気づけないのか。正気に返れば「バカだった」と嘆くのに、それでも夢を見させるのがホストの仕事だった。
「サリエル、次の指名が入った」
耳元で囁くジャックの声に、サリエルは口元を歪めた。
このレミとは比べ物にならない金額を落とす次の客、入り口でエスコートを待つお嬢様へ視線を向ける。流し目に顔を赤らめる女性は、30代半ばだろう。毛皮のコートも、その身を包むドレスも、アクセサリーさえ……すべてが最上級の品だった。
「悪いね、レミさん。次の指名が入った」
立ち上がろうとするサリエルを引きとめようと、レミは必死に腕を掴んだ。
「待って! お金なら払うから」
「無理だと思うぜ」
そっけなく告げると、ジンが彼女に何かを囁いた。途端に顔色を変えて目を見開く。
「手、離してくれる?」
止めを刺すサリエルの冷たい声に、レミは震える手を引いて拳を握る。ジンから聞かされたのは、とんでもない情報だった。
普段のレミが使う金額は100万円前後で、今日は200万円用意していた。それを上回る金額をバラまくライバルの出現は、ここ1時間ほどの彼女の優越感を打ち砕くのに十分過ぎる。
なんとかして、お金を用意しなくちゃ……。
そう考える彼女の前に差し出された伝票には、188万円の請求額が記されていた。
「あら……」
さっきから視線を向けていたくせに、まるで今気づいたように振り返る。下手な芝居を気づかないフリで隣に座り、ほっそりした腰に手を回した。
「今日はゆっくり出来るんだろ?」
抱き寄せて自分へ寄りかからせると、耳元で低く囁く。この声で腰砕けになる女性は多く、一部、男性ファンも獲得している。サリエルの紫藍の眼差しを独り占めしている優越感から、レミは笑みを浮かべて頷いた。
「失礼します。ジンです」
「カイトです」
2人のホストが声を掛けて座る。レミを挟んで右側にサリエルが、左側にジンが座り、正面でカイトがボトルを開けた。新しいボトルを無断で頼んだのは、サリエルの指示だ。それを気づかない訳がないのに、彼女はうっとりと見つめているだけで咎めなかった。
「それじゃ、レミさんの美しさに乾杯」
歯の浮くようなセリフを真顔で吐いて、サリエルは高級ブランデーのグラスを、彼女のカクテルと合わせた。カチンと音がしたグラスに口を付けるレミの前へ、次々とフルーツやつまみが運ばれて来る。
「もっと頼んでいいのよ、サリエル」
「ホント? ちょうどお腹空いてたんだ」
白々しい嘘を吐きながら、机を挟んで向かいに座るカイトへ指示を出す。まだ幼く見えるカイトが頷き、数本のボトルと食べ物を用意させた。
シャンパンタワーの30万円など目ではない、百数十万のブランデーを開封していく。あまりの散財振りに、周囲のテーブルが驚いていた。しかし、ヘルプについたカイトやジンにしてみれば、見慣れた光景のひとつでしかない。
そして数時間後の一悶着と、彼女の泣き顔すら……想像がつく未来でしかなかった。
楽しい時間は、瞬く間に過ぎる。
まさしく泡沫の夢……男の心は金で手に入らないのだと、どうして彼女は気づけないのか。正気に返れば「バカだった」と嘆くのに、それでも夢を見させるのがホストの仕事だった。
「サリエル、次の指名が入った」
耳元で囁くジャックの声に、サリエルは口元を歪めた。
このレミとは比べ物にならない金額を落とす次の客、入り口でエスコートを待つお嬢様へ視線を向ける。流し目に顔を赤らめる女性は、30代半ばだろう。毛皮のコートも、その身を包むドレスも、アクセサリーさえ……すべてが最上級の品だった。
「悪いね、レミさん。次の指名が入った」
立ち上がろうとするサリエルを引きとめようと、レミは必死に腕を掴んだ。
「待って! お金なら払うから」
「無理だと思うぜ」
そっけなく告げると、ジンが彼女に何かを囁いた。途端に顔色を変えて目を見開く。
「手、離してくれる?」
止めを刺すサリエルの冷たい声に、レミは震える手を引いて拳を握る。ジンから聞かされたのは、とんでもない情報だった。
普段のレミが使う金額は100万円前後で、今日は200万円用意していた。それを上回る金額をバラまくライバルの出現は、ここ1時間ほどの彼女の優越感を打ち砕くのに十分過ぎる。
なんとかして、お金を用意しなくちゃ……。
そう考える彼女の前に差し出された伝票には、188万円の請求額が記されていた。
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