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    夜空を舞う蝶のような――――
         ただ、ひととき……泡沫うたかたの夢。



 貞淑ていしゅくな昼間の顔を脱ぎ捨てて、街が夜の色に染まり始めた。それまで隠していた欲望をあらわに、人間と言う罪深い存在が街を支配し、夜にちて闇にけがされる。







「サリエルっ!」

「はいはい、後でお店においで」

 グラマラスな黒髪美女の誘いを、サリエルはするりとかわす。慣れたやり取りは、相手も本気ではないのだと告げていた。彼女にも、夜を華やかに彩る蝶としての誇りがある。夜の帳が落ちて数時間、すでに昼の気配がない今からが稼ぎ時だった。

 背で揺れる三つ編みは腰まで届き、明るいブラウンは光を浴びて輝く。顔を隠すようにかけられたサングラスも、その端正で人目を引く彼の容姿を引き立てるだけだった。

 繁華街――明るく楽しいイメージと、裏で夜を操る者達の入り混じる場所。その中で一際艶やかなビルに、サリエルは吸い込まれるように入っていく。

「サリエル、レミさんから指名だ」

 入り口を入るなり、騒がしい店内が一瞬静まった。夜10時、この店で帝王と呼ばれるホストが顔を見せる。№1である彼は、同伴もベッドインもなしで売上げと地位を守り続けていた。

「早いな……」

「ああ、9時から来店してる」

「ふ~ん」

 1時間待ちを告げられても、サリエルに気にした様子はなかった。10時からしか出勤しない、それを知っていて先回りするのは、客の勝手なのだ。

 サングラスを外し、胸ポケットに放り込む。無造作な仕草なのに、ひどく色っぽく感じられた。紫藍の瞳を細め、何かを考えるように指先を唇に押し当てる。

「ジャック……ヘルプを2人付けてくんない?」

 フロアを仕切るマネージャーのジャックに、平然と指を2本立てて強請る。普段はヘルプを1人しか呼ばないサリエルの仕草に、ちらりと客席へ視線を向けた。

 気の毒に……。

 何かが気に触ったのだろう。サリエルは彼女から徹底的に絞り上げるつもりだ。出せるだけの金額を搾り取り、後はあっさりと捨ててしまう。何度も繰り返された状況を思い出し、よく殺されないものだと呆れ交じりに囁いた。

「……刺されるぞ」

「平気さ」

 誰が女と心中するかよ。吐き捨てるサリエルの表情は、冷たかった。

 何度も殺されそうになったり、逆恨みによる待ち伏せをされたサリエルだが、刃傷沙汰でケガをしたことがない。それを知っていて心配する、お人好しのマネージャーに「頼むな」と念押しして、レミと呼ばれた女性のテーブルへ着いた。
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